きび


「では、お師匠。失礼します」
 膝を崩さず、挨拶する泰明。晴明は、そっと彼の頭に手を添えた。
「ゆっくり、休みなさい」
 掌はどかさず、泰明を見つめる。夜、彼は庵まで訪ね挨拶してくれる。晴明に安らぎをくれる、日課だ。
「……ありがとう、ございます」
 泰明は、うつむく。不意に髪を愛でられ困っているのだろうか、と思った刹那。
 彼は、晴明の瞳を見つめてくれた。頬に薄紅を浮かべているが、拒んでいる様子はない。
「瞳に、私を映してくれるのだな。ありがとう」
 安堵しながら、そっと一礼する。泰明の瞳には、曇りがない。全ての偽りを無に帰すような、強く純粋な美し
さだ。
「はい」
 静かに頷く彼。言葉を失うほど美しい目には、晴明が映っている。
 そしてゆっくりと泰明の目を見つめ、晴明は、息を吐いた。
「惰弱な口が映っている。呆れてしまうな」
 美しい瞳には、凛々しさの欠片もない唇が映っている。傍にいられることの幸せも、彼の瞳は全て映すの
だ。
 嬉しさを表すことは、嫌だと思わない。律した口を見せられないことが、残念なのだが。
「お師匠の顔は、優しいと思います」
 泰明は、言葉にも曇りがない。うつむくことなく、晴明を褒めてくれた。
 彼はきっと、律しない姿も、見捨てないのだろう。
「――ありがとう」
 愛しさが、胸に募る。泰明の髪に添えていた手を、ゆっくりと移した。彼は驚いているようだが、抵抗はしな
い。
 そして、彼の額を指が愛でたとき。
 ゆっくり眠れるようにと願いを込め、唇を寄せた。


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