けり


 北山に、踏み込んだ者がいた。夕刻に訪ねてくれたということは、任務を済ませた帰りなのだろう。松にいた
天狗は、近くで見つめようと枝から飛ぶ。
「……天狗」
 地で話すつもりだったが、風を切ったところで見つめられた。
「音で儂だと分かったか。泰明」
 地を踏み、彼――泰明に問いかける。
 彼の目は、ずっと天狗を映していた。音で、誰か判別したのだろうか。
「他者にはない、音なのだ」
「素敵な音か?」
 天狗は、尋ねる。
 飛ぶ際に、意識することの少ない音。泰明の意見を、聞かせて欲しい。他と違う音は、響いているのだろ
うか。
 彼は天狗を見つめる。瞬くこともない。困ってもいるのか、ほどなくして、俯いた。
 が。
「……うるさい」
 静かに、述べてくれた。失礼では、あるが。
「随分と……」
 怒るようなことではないが、期待とは違っていた。賞賛してくれたら嬉しいと思ったのだ。
 少し咎めれば、美点も答えてくれるだろうかと思ったとき。
「――そして、強い。陰すら、吹き飛ばす音だ」
 言葉が、聞こえた。
 天狗は、少し驚いた。賞賛してくれた、のだろうか。泰明を、見る。
 頬が、少し紅い。彼なりの、賛辞だろう。
「――泰明」
 一歩、近くに寄る。少し残念だと思ったところだったので、余計に嬉しかった。礼を、述べばければ。
「天狗……」
 睨む彼。だが、頬の紅さは残っている。幸せだと、思った。
「――ありがとう」
 ゆっくりと、泰明の頭に手を伸ばす。
 俯きながらも抵抗しない彼に、愛しさが、募った。


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