結界と手伝い

「天狗」
 松の枝に腰かけ寛いでいた天狗は、その声に反応し、木の下へと視線を向けた。
 予想していた通り、良く知った人物がこちらを見上げている。
「どうした晴明。何か用があるのか?」
 地に降り立ち問いかけると、彼は――晴明は、穏やかに笑いながら口を開いた。
「北山周辺の結界が少し弱まっているようなので強化しに来たのだが――その前に、お前と話したくてな」
 言葉が終わったときも、彼はこちらから目を逸らさなかった。唇は、相変わらず綻んでいる。
「――そうか」
 きちんと陰陽師の役目を果たせ、と思わないでもない。だが、自分と話したいという気持ちは素直に嬉しかっ
た。
「……天狗、結界の強化を手伝ってはくれないか?」
 しばらくは黙っていた晴明が、ふと思い付いたように言った。
「面倒はないか?」
 天狗は尋ねる。たとえ厄介な作業でも彼のためならば手を貸そうと思っているが、やはり楽なほうが良い。
「大丈夫だ。今は怨霊の力も低下している。時間はとらせない」
 そんな思考を察したかのように、晴明は柔らかな声で答える。
 それならば、断る理由などひとつもない。
「分かった」
 彼のために、この力を使おう。
 そう思いながら頷いた天狗に、彼は安堵したように感謝の言葉を述べた。

「天狗、ありがとう。助かった。やはりお前と一緒だと早いものだな」
 結界には、すぐに気が満ちた。晴明はこちらを向き、深く頭を下げる。
「――いや」
 だがその言葉に答えることが出来ず、天狗は息を呑む。
「……どうした?」
 そんな自分に、彼は訝しげな顔で問いかける。
 質問に、答えなければ。
 深く呼吸をしてから、天狗はそっと口を開く。
「――先ほど、結界を張っていたお前はとても綺麗だった」
 自分でも驚くほどに小さく、そして、真面目な声。
 射るような眼差しを向け、力を振るう晴明は非常に美しい。普段間近で見ることは出来ないその姿には思わず
目を奪われてしまった。
 そして、このような場所で彼を褒めるのは少し緊張する。互いの温もりを感じているときならば、いくらでも伝
えられるというのに。
 晴明は口を噤んでいたが、ほどなくしてそっと唇を動かした。
「――そうか、ありがとう」
 彼の手が、頬に伸びて来る。
「……何だ」
「天狗。これは、お礼だ」
 視線を合わせてから尋ねたとき、彼の唇が自分に重ねられた。


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