彼の手

  仕事を終え、邸へ帰ろうと夕暮れの道を歩いていた途中だった。
「泰継、だろ?」
 不意にすぐ傍で名を呼ばれ、振り向いたのは。
「……天狗か」
 そう思い声がした方向を見るが、彼の姿は見られない。
「天狗?」
「おお、気付かれたか。流石じゃな」
 そう言って、大判の蓑を脱ぎ捨てる。目の前に、山伏のような外見の大きな男が現れた。
「隠れ蓑か。何故このようなものを……」
 私の質問に、天狗は答えた。
「お前を驚かせてやろうかと思ってな。しかし、お前よく儂に気付いたな」
「私は一度会った者のことは忘れぬ。お前とは以前に会っている」
「ははっ、そうか」
 ひと月ほど前、私は生まれ落ちた。
 安倍泰明を造っても、まだ残っていた安倍晴明の陰の気。封印されていたその気を人型に練り、師匠は私を造
った。そのとき師に力を貸した者が彼、北山の大天狗だ。初めて見たとき、空虚な私でさえ美しい天狗だと思っ
た。
「私に何か用があるのか?」
「んー、用ってほど大仰じゃないが。お前とちょっと話をしたいと思ってな」
「……私と?」
 天狗の言葉は少し意外だった。私などと何を話そうというのだろう。
「ああ。だから、お前が北山を通ってくれて良かった」
 天狗は笑顔で私を見つめる。
「……そうか」
 その笑顔が眩しく感じられて、私は少し目を伏せた。
「――泰継」
 しばらくは笑顔のまま私のことを見つめていたが、突然両の手を伸ばし、天狗は私の髪に触れた。
「……何だ?」
「いや、綺麗な髪だと思ってな」
 天狗の言動は理解しがたい。しかしそんなことを考えている私に構わず、天狗は髪を撫で続ける。
 何故かは分からぬが不快感はなく、彼の手を払おうという気にはならなかった。
「お前は肩くらいまでなんじゃな、髪。泰明は腰くらいまであったから、少し意外じゃ」
「……」
 天狗の言葉に、私は思わず俯いてしまった。
「……どうした、泰継?」
 沈黙した私に、天狗が声をかける。
「……髪には霊力が宿る。泰明は、私よりも高い霊力を持っていたのだろう。私は、泰明に劣る。だから泰明よ
りも髪が短いのだ」
 私が答えると、天狗の髪を撫でる手が止まった。
「……泰継」
「天狗」
 顔を上げ天狗を見る。深い紅色の長髪が風になびいていた。
「……お前の髪も、長い」
 私は劣っているのだ。泰明にも、天狗にも。僅かな力しか持たぬ不完全なもの。それが私だった。
「――馬鹿」
 少しの間黙っていた天狗が、哀しそうな表情で口を開く。
「天狗?」
「髪なんか大した問題じゃないだろう。つーかむしろ儂は短く切りたいくらいじゃ」
 吐き捨てるように天狗は言う。
「ならば切れば良い」
「切ろうとすると周りの天狗に止められるんじゃ。長い方が威厳がある、とか言われて」
 天狗は大きくため息を吐くと、もう一度私の髪に触れた。
「泰継、お前に質問じゃ。もし髪を切ったら、儂は弱くなると思うか?」
 しばらく考えてから、私は返答した。
「……ならない、と思う。きっと、お前はお前のままだ」
 長髪であろうと短髪であろうと、天狗の力が低下するとは思えなかった。どのような姿になっても、不可解で
強く美しい天狗のままなのだろう。
「だろ?髪の長さなんて、強さに関係ないと思うぞ。放っとけば伸びるしな。それに」
 天狗はゆっくりと、私の髪を撫でる。
「仮に弱かったとしても、努力すれば良いだけじゃ。そうじゃろ?」
 金色の瞳が私の目を捉えた。
「……そうだな」
 力強い天狗の言葉に、私はそう答える。何故か、胸に温かさを感じていた。

「さて、大分遅くなっちまったな。邸まで送るぞ、泰継」
 寸刻の会話の後、暗くなった空を見て天狗はそう言った。
「……一人で戻れる」
「固いこと言うなよ。もう少しお前と一緒にいたいんじゃ」
 天狗は私の顔を覗きこむ。
「……分かった」
 やはり断る気になれず、気付くと首を縦に振っていた。
「ありがとな。それじゃ、行くか」
 天狗が私の肩に手を置く。その手の温度が、心地良かった。


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