完成と成立

「天狗」
「良く来たな、晴明」
 二月十三日、午後十一時五十五分。天狗は、約束の時間より五分ほど早く家にやって来た人物を、迎え入れた。
「ああ。お邪魔しても良いだろうか」
 片手に紙袋を提げた晴明が尋ねる。しかし、そのようなことを問う必要はない。
「もちろんだ」
 約束の時刻でなくとも、自分が彼を拒むはずがないのだから。
 答えを聞くと、晴明は微笑し、靴を脱いだ。
 
「さて、準備は出来ているか?」
 居間へ入ると、晴明は上着の袖から腕を抜き、こちらを向いた。泰継は既に自室で眠っているため、静かなこの
場所にいるのは天狗と彼だけだ。
「大丈夫だ」
 受け取った服にハンガーを通し、衣服用のポールにかけながら返事をする。それから、近くのテーブルにある
チョコレートリキュールを指した。
 何日か前、彼と決めたのだ。
 日付が変わり、バレンタインデーになったら、二人でチョコレートリキュールのカクテルを作ろうと。
「――では、始めよう」
 晴明は唇を綻ばせ、手にしている紙袋をこちらに差し出す。彼には、パック入りの牛乳を持って来てもらった。
「そうだな」
 丁度、十四日になったところだ。始めるのに良い時刻だろう。
 晴明と視線を交わし、台所へ行こう、と伝える。彼は穏やかな表情のまま、ああ、と頷いた。

「――美味しそうだな」
 ソファーに腰かけながら、晴明は微笑んだ。テーブルの上には、二つのグラスが置かれている。
 出来上がるまでに、それほど時間はかからなかった。当然だ。リキュールを牛乳で割っただけの、簡単なカクテ
ルなのだから。
「ああ。きっと良い味に仕上がっている」
 しかし、牛乳とリキュールの層がとても綺麗だった。それほど手間のかかるものではないが、美しく作るのはなか
なか難しいカクテルだ。今日は成功した、と言えるだろう。
 天狗は、そっとグラスを手に取った。
「では、乾杯をしよう」
「ああ。乾杯」
 晴明の言葉に応じ、軽くグラスを合わせる。そして、そのまま口に含んだ。
 濃厚な甘さと香りが広がる。しかし、牛乳が入っているためしつこさはなかった。とても好ましい味だ。
 夢中になって飲んでいると、不意に隣から柔らかな声が聞こえた。
「――天狗。お前とこのような時間を過ごせて、私はとても幸せだ」
 晴明の顔には、嬉しそうな笑みが浮かんでいた。自分と過ごすこの時間を、大切に思ってくれているのだろう。
 そして、それは天狗も同様だった。
「……ああ。儂もだ」
 瞼を閉じて晴明に答える。
 彼と二人で過ごす時間を失いたくない。この温かなひとときは、彼がいなければ成立しないのだ。牛乳がなけれ
ば、カクテルが完成しないように。
 既に少し酔っているのだろうか。今日の自分は売れない詩人のようだ、と、天狗は小さく笑い声を上げた。


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