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紙に運勢 「泰明」 扉を開けたとき、そこにいた者――天狗に名を呼ばれた。少し前に、会いたい、と告げられたので、私がこの 家に招いたのだ。 「……来たか」 呟いてから、リビングへ案内するため天狗に背を向けて歩き出す。後ろからも、足音が聞こえた。 「晴明は、いるのか？」 「まだ出かけていらっしゃる」 背後からの声に返答したとき、リビングに着いた。 天狗を座らせようと、手近な椅子を引く。 「……そうか。ほら」 すると、目の前に綺麗な包みが差し出された。 「――何だ？」 意図を理解出来ず、私は問いかける。 天狗は、笑顔で口を開いた。 「バレンタインデーだからな。手作りだぞ」 包みを持った手を動かす天狗。 確かに、今日は二月十四日。バレンタインデーだ。 「――そうか、ありがとう」 私は一度息を吐いてから、そっと手を伸ばしてその包みを受け取った。 「……お前は、ないのか？」 しばらくしてから、笑ってこちらを見ていた天狗が口を開いた。 思わず、目を見開く。 だが。 「――ある」 短い沈黙の後、返答した。大切な人に感謝と想いを伝える日。私も、天狗への贈りものを用意してある。この 後、渡すつもりだったのだ。 私は台所へと移動し、冷蔵庫の扉を開けた。中にある包みを手に取り、天狗のもとに行く。そして、包みを持 った手を伸ばした。 「……ありがとう」 「――良い」 柔らかな声が聞こえる。頬が熱くなったので、私は俯いた。 「――泰明。中を見てくれるか？」 すると、天狗が私の持っている包みを指差した。中にあるものを確認しろ、ということなのだろう。 「……分かった」 深く呼吸をしてから頷き、慎重に包みを開ける。 中には、珍しい形のクッキーがいくつも入っていた。どうやら二つに折られているようだ。 そのとき、天狗の手がひとつのクッキーを持ち上げた。思わず、天狗へと視線を向ける。 「ほら、口開けろ」 何をするつもりなのだろう。私がそう思考を巡らせるよりも先に、天狗はクッキーを持った手を私の口もとへ 近付けて来た。 「――何故だ」 「フォーチュンクッキーだ。お前の運勢を占ってやる」 私の問いに答えた後、天狗はクッキーを軽く私の唇に当てた。 フォーチュンクッキー。中に運勢などを記入した紙を入れた菓子だ。天狗は、この場で私の運勢を試したいの だろう。 この手からそれを食べることには抵抗がある。だが自ら受け取ろうとしても、きっと私が伸ばした手を避け、 天狗は菓子を食べさせようとするだろう。 鼓動が、速くなる。目を閉じてから、そっとクッキーを口にした。 一口分が取れたので、クッキーの中にある紙は取り出せるようになる。手を伸ばし、紙を取り出す。 そこには。 天狗が幸せを運んで来る、と記されていた。 思わず、息を呑む。だが。 「……どれを食べても同じ結果になるのだろう」 頬の熱を感じながら、唇を動かした。天狗は恐らく、どの紙にも同じことを記入したのだろう。 「――良く分かるな。だが、当たっているだろう？」 一瞬目を見開いてから、天狗は笑顔で問いかけて来た。 確かに私は、天狗に逢えて幸せを感じている。だが鼓動が速いので、すぐに答えることは出来そうにない。 少しでも気を鎮めようと深く呼吸をしたとき、天狗はクッキーを包みへと戻し、私のすぐ後ろへと移動した。 どうしたのだろう、と思った直後。 私は、抱きしめられた。 「てん……っ！」 「――当たっているだろう？」 抵抗するよりも先に、低い声で尋ねられた。 吐息も声も、強く伝わって来る。耳介に、唇が触れている。 「……唇を、寄せるな」 身体が熱い。この状態で返答など出来ない、と思い、告げる。 「答えてくれたら解放してやる。当たっているだろう？」 だが天狗は腕の力を強めた。そしてもう一度、同じことを質問する。 天狗は、本当にこの問いへの答えを求めているようだ。 それならば。 一度息を吐いてから、私は告げた。 「――ああ」 たとえ強引に菓子を食べさせられても、急に抱きしめられても。天狗が傍にいてくれるときは、いつも幸せ だ。 そう思ったとき、私は解放された。 「……それは良かった。味はどうだ？」 「――美味しかった」 私の前に立ち、尋ねる天狗。私は、小さな声で返答した。緊張もあり、ゆっくり味わうことは出来なかった が、あのクッキーは美味しかったと思う。 「そうか」 天狗は穏やかに笑うと、先ほど私が贈った包みを素早く開けた。 中にある小さなパイを取り出し、それを一口食べる。 美味しい、と唇を綻ばせる天狗に、莫迦、と呟いた。 |
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