かく

 
「天狗。木の傍に、歩むか?」
 夜。彼を見つめ、訊いた。天狗の頷きが映る。
「ああ」
 優しい声。許されたことに安らぎ、目を合わせる。
 北山で過ごせる日。今は、戸の傍で並び庵の外を見ている。酒宴の前にも、散策は楽しめるから。
 美しい木々にそっと寄り、瞼は閉じる。清らかさを貰い、頷く。
 目は開き、周囲を見つめる。彼も、傍に続いてくれた。
「天狗の接近か。嬉しい」
 呟いた、刹那。
「移る直前は触れやすい。もっと、寄るぞ」
 彼は、遠くに移ることもなく存在していた。温もりは、すぐに近付いてくれる。
 そっと、背も包まれた。少し目を見開き、天狗と過ごす。
 優しい腕。だが、少し策も感じられる。
 歩む直前は、移る予定の場所に意識が向く。急に距離を詰めることで、一気に傍の存在を実感させられる。
 小さく、呼吸する。隣で驚かせつつ喜びもくれる企画。満ちる自分の胸に、手を寄せる。
 去るつもりはない。そっと、口を開く。
「暗いときは、北山を歩く際も少し不安が生じる。そっと、支えてくれるか?」
 驚き以上に貰えた幸せ。距離は変えずに知らせる。
 闇の中に映る道。足が接するときも、彼といれば安らぎは止まらない。
 力を込められたと、感じる。密着する腕。私を包むことはやめない。天狗が、教えてくれる。
「無論だ」
 拒否のない呼吸と声。胸を満たしてくれる。
 温もりが嬉しい。言葉を信じ、彼に姿勢も任せてしまう。
 呆れ離されることの恐怖も、一瞬存在したが。
 そっと消える悩み。全身の安堵。天狗は移ることもなく、小さく呼吸し更に包み込んでくれた。


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