かけがえのない隣

「ああ、疲れた。私の負けだ」
 晴明は酒杯を卓に置き、言った。
「……とてもそうは見えんぞ」
 呆れたように額を手で押さえたのは、晴明の隣に座って酒を飲んでいた天狗だ。この日、晴明は久しぶりに休
暇をとることが出来たので、朝から天狗の庵に来ていた。初めは普通に過ごしていたのだが、夕刻過ぎに天狗が
酒の飲み比べをしないか、と提案したので、今に至るまで二人で酒を飲み続けていたのだ。既に外は暗くなり始
めている。
「そんなことはない。すっかり酔いが回ってしまったようだ」
 晴明は天狗の顔を見上げた。
「天狗、膝を貸してくれないか?」
「狩衣に皺がつくぞ」
「構わない」
「……勝手にしろ」
 天狗が言うと晴明は微笑み、天狗の膝に頭を乗せて仰向けに寝転んだ。
「ふふ、温かくて気持ちが良いな」
「男の膝なんか良くないじゃろ」
 天狗の言葉を遮る。
「そんなことはない」
 晴明は、寝転んだまま天狗の目を見つめた。晴明とは違い、頬には酒による赤味がわずかに差している。
「お前の傍は、とても心地良いのだ」
「……そりゃどうも。儂も、お前の傍は心地良いと思うぞ」
 天狗はそう答え、目を細めて晴明の頬をなでた。
 晴明は思う。こんなにも自分を隠さずにいられる場所は、天狗の隣だけだと。
 晴明には、妖狐の母の血が濃く流れている。その為、人々に怖れられることもあった。晴明も、他者とは違う
自分の境遇に悩んだこともあった。
 だが、天狗は全てを受け入れてくれるのだ。不安なときは何も言わなくてもそっと抱きしめてくれる。今日の
ように突然訪ねても、庵に迎え入れてくれる。
 天狗の隣は、晴明にとってかけがえのない場所だった。そして、天狗にとっても自分の隣がそうであったら良
いと思う。
「……天狗、お前は私の隣にいたいと思ってくれるか?」
 体温が上昇したのか結袈裟を脱いでいる天狗にそう訊くと、一つため息を吐き、答えた。
「……当たり前じゃろ」
 晴明は、満ち足りた気持ちで瞼を閉じた。
「ああ、本当に酔ってしまったようだ……お前にな」
「……そりゃ良かったな」
 晴明がゆっくりと目を開くと、天狗と目が合う。二人は、しばらく見つめあった後、微笑んだ。





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