癒しの気

 任務を果たし、庵で息を吐いたとき。戸の向こうに気配を感じ、私は立ち上がった。
「おいで、泰明」
 戸の前に行き、外の愛弟子に呼びかける。ほどなくして、戸は開かれた。
「失礼します、お師匠」
「……お帰り、泰明」
 中に入り戸を閉めてから一礼する泰明。見慣れたその仕草に安堵のような気持ちを抱きながら、彼を迎えた。
「はい……」
 泰明は短く返事をし、真っ直ぐな目をこちらに向ける。
 ゆっくり休むように、と言おうとしたが、唇を噤んだ。
 彼は首を傾げている。何らかの思いを巡らせているのだろう。
「――どうした?」
 尋ねると、泰明は不安げな顔で口を開いた。
「……お師匠、お疲れですか?」
 一瞬、言葉に詰まった。どうやら彼には見抜かれしまったらしい。
 隠していたつもりだが、今日は任務のため出かけたので確かに疲労している。どれほど修行を積んでも、やは
り穢れに接するときは気が乱れてしまうのだ。
「――そうだな、疲れがないと言えば嘘になる」
「……大丈夫ですか?」
 問いに答えると、私の身を案じているのか、泰明の瞳が揺らいだ。
 思案するほどのことではない。だが、癒しを求めているのも本当だ。
「……大したことはない。だが、泰明。こちらへ来てくれるか?」
「――はい」
 私の言葉に応じ、泰明は目の前に来てくれた。
 腕を伸ばし、その身体をそっと抱きしめる。
「……しばらく動かずにいてくれ。こうしていると、癒されるのだ」
 不浄なものを祓った後は美しいものが欲しくなる。だから、泰明の傍にいると非常に安堵するのだ。
 澄んだ気を纏う彼は、乱れた気を鎮めてくれる。
「――お師匠」
 泰明は呟く。だが、少しも抗おうとはしない。
 それが嬉しくて、私は腕の力を強めた。

「――ありがとう。急にすまなかったな」
 気が落ち着いたので、腕を解いた。力を込めすぎて彼を苦しめてしまったかもしれない。
 だがそのとき、泰明の唇が動いた。
「……いえ。お師匠の力になれたのなら、幸せです」
 彼は俯く。その頬は、仄かに染まっていた。
 想いが、込み上げて来る。
「――そうか。では泰明。夜になったら、もっとお前に近付いても良いだろうか」
 もっと彼の傍に行きたい。その想いは、抑えられそうにないのだ。
 泰明は私に視線を向ける。その目は、見開かれていた。
「――お疲れではないのですか?」
 当然の疑問だろう。だが、気は彼のお蔭で鎮まった。
 そして、何よりも。
「……お前といれば、癒されるのだ」
 泰明と過ごせば、疲労など気にならないのだ。
 そして、短い沈黙の後。
 彼は、小さく頷いてくれた。


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