庵に二人

 
  元日の暮れ方、円座に腰を下ろした天狗は耳をそばだてた。待ち望んでいた者の足音がする。
 庵の戸口に目を向ける。僅かな間を置き、静かに戸は開かれた。
「天狗」
 思った通り、泰継が中に入って来た。天狗は目を細め、その顔を見つめる。
 年の変わるこの時期、陰陽師は忙しい。宮中にて多くの儀に携わらなければならない。数日間、この庵に泰継
はいなかったのだ。
「泰継、お帰り。疲れただろう、ゆっくり休め。だが……その前に」
 立ち上がり、閉めた戸の前に佇んでいる泰継に近付く。そして、その身体を腕の中に抱きしめた。
 宮中での儀を終えたばかりだ。彼は恐らく疲労しているだろう。だが、分かっていても触れずにはいられなかっ
た。
「――天狗」
「少しだけ抱きしめさせてくれ。お前に逢えなくて、寂しかった」
 たった数日だったが、一人で過ごす夜はひどく寂しかった。だから今は、こうしていることを許して欲しい。この
数日間、離れた宮中にいる泰継を恋しく想わないときはなかった。
「――私も……寂しかった」
 泰継は呟き、天狗の胸に額を当てた。抱きしめていることを許してくれるようだ。
 彼も、自分と同じように寂しさを感じてくれていたのだろうか。自分を恋しいと想ってくれていたのだろうか。
 先刻まで冷たい外気に晒されていた身体を温めようと、天狗は腕に力を込めた。
「――泰継、今年もよろしく頼む」
 今年も、彼の傍にいたい。そんな想いを乗せて、囁いた。
「ああ……よろしく頼む」
 腕の中で、泰継は頷いた。


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