いく 「泰継」 午前零時。声が響いた。視線を戸に移す。持っていた書を収納し、訊く。 「天狗。眠らないのか?」 もう、休んでも良いときだ。自室に戻るほうが休めると思いつつ、目は逸らさない。 「充分起きていられる。泰継の場所に移らせてくれるか?」 彼の質問。今、私といるつもりらしい。 少し早いが、気持ちを偽る理由もない。そっと呼吸し、伝える。 「ああ。貴重なときを過ごせて、嬉しい」 ゆっくりと寄り、祝福出来る日。今から始められるのならば、自室に歩んで欲しい。 「ありがとう。失礼する。無駄なく、寄ろう」 戸は、そっと開かれた。静かに戸を閉め、天狗が踏み込む。微笑が映る。背筋を伸ばし、そっと彼に頷いた。 今日は、二月十四日。幸せをくれる相手と喜び合う日。以前、彼は共に過ごして欲しいと願ってくれた。嬉し さを募らせ、知らせる。 「胸が満ちる」 「暗いときに悪いな」 謝罪の言葉。だが、首を横に振る。 「今も、近くにいられる」 本来は、眠りの後に菓子を作るつもりでいた。チョコレートの風味を得られる、綺麗な色のクッキー。夜に甘 味は摂らないが、同じところで過ごせることが嬉しい。 すぐ傍で、足を止める彼。視線は、互いに逸らさない。今日を逃がさない。共に、いたいから。 胸は、鳴る。更に覗き込まれ、息を呑んだ刹那。 「泰継。菓子はなくとも、今から、距離を詰め幸せな日を祝ってくれるか?」 静かな、声を聞いた。頬の熱が、強まる。 普段よりも、ゆっくりと過ごせる夜。今から移っても、明日に支障はない。 呼吸は苦しいが、示してみせる。静寂のまま、過ごさない。 声は、聞かせられないが。そっと頷きを見せ、椅子から移った。 休む場所を見つめる。天狗も寄る。寝台で、過ごす。 熱は消えない。だが、やめない。天狗に、接するとき。 優しく、私の背が低いところに寄せられる。目を、閉じる。 恐怖も認めるが、愛しさは、更に増す。 天狗の呼吸が、聞こえる。ゆっくりと、服は保護の意味をなくした。 |
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