風合を


「泰明、入っても良いだろうか」
 九月十四日、午前零時。扉の外から名を呼ばれ、泰明は読んでいた書を閉じた。
「はい、お師匠」
 視線を扉へと向けてから、声の主――晴明に返答した。扉を静かに開け、師はこちらへとやって来る。
 そのとき泰明は、晴明が美しい紙に包まれた箱を持っていることに気付いた。何か新しいものを買ったのだろ
うか。
「急に、すまない。これを渡そうと思ってな」
 師は泰明のすぐ傍で立ち止まり、唇を動かした。
「私に、ですか?」
 確認する泰明に、晴明はゆっくりと頷いた。
「――誕生日おめでとう、泰明」
 九月十四日。確かに今日は、自分がこの世に生を受けた日だ。
「……ありがとう、ございます」
 一度深く息をしてから、泰明は頭を下げた。大切なこの人に、今日を祝って貰えたこと。幸せだと、思った。
「中を見てくれるか?」
「はい」
 穏やかな声に促され、泰明は返答した。
 慎重に紙を剥がし、箱を開ける。中にあったのは、上品な色のタオルだった。
「お前に、合えば良いのだが」
「お師匠……」
 少し不安げに呟く晴明。だが、無駄な飾りのない、綺麗なそれは、泰明の嗜好と一致している。師は、良いも
のを選んでくれたのだ。
 そう伝えようとしたとき、晴明の手が箱の中にあるタオルへと伸びて来た。
 美しい手が、それを広げる。
 何をするのだろう、と、泰明は思考を巡らせる。
 その直後、柔らかなタオルが、頭を包み込んだ。
「――どうだ?」
 師は、泰明の瞳を覗き込む。
 手を伸ばして風合を確かめてから、泰明は俯いて返答した。
「……柔らかい、です」
 手触りも、香りも良い。とても使いやすそうだと、思った。
「――良かった。お前の美しい肌も髪も、傷付けずにすみそうだな」
 安堵したように笑うと、晴明はタオル越しに泰明の頭をなでた。
 タオルの柔らかさと、優しい手の温もり。
 頬は熱い。だが、胸は満たされていた。
 そして、直後。
「――お師匠、愛しています」
 泰明は唇を動かしていた。
 伝えようと、決めていたわけではない。想いが、無意識に溢れたのだろう。
 視線を、晴明に向ける。
「……泰明」
 師は驚いたのか、手を止め、瞬きもせずにこちらを見つめていた。
「――すみません、突然」
 泰明は、再度目を伏せた。晴明は動じることの少ない人だが、突然想いを告げられ困惑しているだろう。
 だがそのとき、もう一度師の手が動き始めた。
「……ありがとう、泰明。私もだ」
 晴明は優しく笑うと、もう一方の手を泰明の頬へと伸ばした。
 どうやら、不快にさせてしまったわけではないらしい。
 幸せと胸の鼓動を感じながら、泰明は瞼を閉じる。
 そして、泰明の唇に、師の体温が伝わって来た。


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