一口目は

 ふたつのカップを持ち、私は居間から廊下へと出た。中身を零さぬよう注意しながら、目的の部屋に向かう。
 ほどなくして、目指していた場所に着いた。
「泰明、開けてくれるか?」
 中にいる人物――泰明に向かって、呼びかける。両手が塞がっているので扉を開けることが出来ないのだ。
「はい、お師匠」
 彼は、すぐに扉を開けてくれた。私は、カップを持ちながら中に入る。
 泰明が扉を閉めてくれたことを確認してから、尋ねた。
「急にすまない。ホットチョコレートを淹れたのだが、飲んでくれるか?」
「はい。ありがとうございます」
 彼は深く頭を下げた。その答えに、安堵する。
「それは良かった」
 カップを差し出すと、泰明はそれを受け取ってくれた。片手の空いた私は、ホットチョコレートを少し口に含
む。
 そして。彼の頭に手を乗せ、唇を重ねた。
 泰明に、一口分のホットチョコレートを移す。
「――お師匠」
 ほどなくして解放したとき、彼は目を見開いた。頬は、仄かな色に染まっている。
 泰明と目を合わせ、問いかけた。
「……バレンタインデーなのでな。嫌だったか?」
 二月十四日。大切な人に想いを伝える日でもあるから、一口目はあのように飲んで欲しかったのだ。
 困らせてしまっただろうか、と不安に思っていると、彼の声が聞こえて来た。
「――いえ」
 俯きながら、泰明は首を小さく横に振る。どうやら、受け入れてくれたようだ。
「……そうか」
 私は安堵し、その頭をなでる。すると、彼はこちらに視線を向けた。
「――お師匠。私も、チョコレートを作っておいたのですが」
 その言葉には少し驚いたが、とても嬉しかった。泰明も、私のために贈りものを用意してくれたらしい。
 だが、私は欲張りなようだ。彼にあることを頼みたくて、口を開いた。
「――ありがとう。では……お前も、先ほどのように食べさせてくれないか?」
 私が先ほどしたように、口でチョコレートを食べさせて欲しいのだ。
 泰明は、口を噤んだ。頬も染まっている。
 だが、少し意地悪な願いだろうか、と思ったとき、彼はゆっくりと頷いてくれた。
 泰明がくれるチョコレートは、きっと、非常に甘いだろう。


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