控えさせたい


 目の前に、天狗がいた。褥の上に座り、こちらに視線を向けている。思わず、目を逸らした。
 今宵、天狗はこの庵に泊まって行く。天狗はときおり、この庵で朝まで過ごしたいと申し出る。そのようなとき
は可能な限り、お師匠の許可を得て泊めるようにしているのだ。
「……泰明」
 低い声で、名を呼ばれる。そして直後、天狗はその唇を私のそれに重ねた。
 鼓動が、速くなる。いつものように呼吸をすることが出来ない。
「――っ天狗」
 解放されたとき、私は息を吐いてから目の前にいる者を見つめた。
 天狗は、良く私の返事を待たずに動く。そのようときはいつも気が乱れるので、控えさせたいのだ。
「不快では、ないだろう?」
 だが、天狗は笑顔でこちらを見ていた。
 不快だとは、思わない。
 だが、問題は、そこではない。
「うるさっ……」
 だが、そう告げる前に、もう一度唇を塞がれてしまった。
「――泰明」
 解放し、小さな声で私を呼んだ直後。天狗は、褥の上に私の身体をゆっくりと倒した。
 頬が、熱い。思わず、横を向いた。
 これほど近くにいれば、私の顔も、動きも、天狗には全て見られてしまう。いや――天狗は夜目が効くため、
距離が多少あったとしても変わらないだろう。
 全て知られていると分かっているが、鼓動の速さに慣れず、抗ってしまう。天狗は、呆れているだろうか。
「……天狗」
 視線を向けてから、唇を動かした。
「――どうした?」
 私の瞳を覗き込む天狗。一度呼吸をしてから、私は問いかけた。
「――抵抗されるのは、嫌か?」
 天狗は、目を見開く。突然の質問に驚いたらしい。
 だが、ほどなくして、返答してくれた。
「……そんなことは気にするな。それに」
「――何だ?」
 眉を寄せ、尋ねる。何故か、言葉の最後に笑い声が混じっていたからだ。
 天狗はそっと私の頬に手を伸ばす。そして、口を開いた。
「――お前が身を委ねてくれるようになったとき、達成感を味わえる。だから、好きなだけ抵抗しろ」
 その唇は、綻んでいた。どうやら、天狗は本当に楽しんでいるようだ。
 怒らせてはいなかったようで、安堵する。だが。
「――莫迦」
 莫迦げている、と思ったので呟いた。
 その言葉すら、天狗は気に留めないらしい。
 私の纏っていた単の帯が、素早く解かれた。


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