外さないで

 晴明は、片手を背に隠しながら廊下へと出た。
 あと少しで、今日が終わる。いつもならば自分の部屋で寛ぐ時刻だが、今は大切な目的を果たさなければいけ
ない。静かな廊下を、ゆっくりと歩く。
 ほどなくして、目指していた部屋の前に辿り着いた。扉は開けず、小さな声で問いかける。
「泰明、部屋に入っても良いだろうか」
「はい」
 中にいる彼はまだ起きていたらしい。返答を聞いた晴明は安堵の息を吐き、扉を開けた。
 読んでいた本を閉じて机に置き、泰明はこちらを向く。
 部屋の時計を確認する。日付は既に変わったようだ。
 晴明は、そっと彼のもとへと足を運んだ。
「急にすまない。この花を、どうしてもお前に贈りたくてな」
 背に隠していた手を差し出す。そこにある一輪の花を見て、泰明は驚いたのか目を見開いた。
「桔梗、ですね?」
 彼は慎重に花弁へと指を伸ばす。晴明は頷き、返答した。
「今日は、お前の誕生日だからな。受け取ってくれるか?」
 九月十四日。泰明が生まれた日。この季節に咲く美しい桔梗をどうしても贈りたくて、彼のもとへ来たのだ。
 泰明の指が花弁をなでる。だが、ほどなくしてその指は茎へと移動した。
「――はい。ありがとうございます」
 桔梗を手にした彼の声は、とても柔らかい。どうやら喜んで貰えたようだ。
「……良かった」
 晴明は安堵し、呟いた。泰明は山吹と藤だけではなく、桔梗も好きなようだ。
「この花弁……他の花とは少し違いますね」
 彼は、もう一度花に指を伸ばした。不思議そうな顔で花弁をなでる泰明に、晴明は頷く。
「ああ。プリザーブドフラワーといって、特殊な液に浸し作る花だ。長期間の保存が出来る。本当は、もっと作
りたかったのだがな」
 贈りものに悩むあまり、随分と時間を消費してしまった。そのため、大輪の花束を作る時間はなかったのだ。
「お師匠が、作ってくださったのですか?」
「ああ。庭の桔梗が綺麗だと思ったのでな」
 驚いたように声を上げた彼に、返答する。花屋で購入しても良かったのだが、庭の桔梗が見事に咲いていた
ので、そちらを加工することにしたのだ。
 泰明は何も言わずにこちらを見ている。だが、しばらくしてから桔梗を胸に抱き、口を開いた。
「――ありがとう、ございます」
 小さな声で、再度礼を述べる泰明。だが、その必要はない。
「礼には及ばない。やはり、お前に良く似合っているな」
 晴明は、彼の手にする桔梗を指先でそっと挟み持った。
 驚いたのか、こちらへ視線を向ける泰明。
 晴明は、彼の目を覗き込みながら、その髪にそっと花を挿した。
 清楚な桔梗は、やはり泰明に良く似合っている。庭へ出たときはいつもそう感じていたが、こうして顔の近く
に花があるとまた格別だ。
「――お師匠」
 髪の桔梗に慣れぬのか、彼の手が花飾りの周辺を触っている。
 だが、とても愛らしい。出来ればあと少しの間で構わないから、外さないで欲しい。
「……泰明。これからも、ときにはこうして花を飾ってくれるか?」
 抵抗も、あるかもしれない。だが、ときにはこうして花の似合う彼を愛でたい。
 泰明は、俯いたが――ほどなくして、頷いてくれた。
 桔梗は皆で楽しむものだが、泰明を近くで慈しむことが出来るのは自分だけであって欲しい。
 そう思いながら、晴明は彼の頭をなでた。


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