羽根と夜 「――泰明」 天狗が名を呼ぶと、隣に敷いた褥の上に座していた泰明は振り返った。 「何だ?」 その問いには答えず、近付いて泰明の両肩を掴んだ。表情が変わるよりも前に、細い身体を褥の上に倒す。 「……まさか、このまま何もせずに眠るつもりか?」 「……天狗……」 仰向けになった泰明は、大きく目を開けていた。 彼がここにいるのだ。触れたいという気持ちは抑えられない。美しい瞳を見つめながら、天狗は泰明を連れて 来るまでの経緯に思いを馳せた。 「――来たか」 晴明の邸から遠くない場所に下りて待っていた天狗のもとに、泰明はやって来た。目を細め、声をかける。 「――天狗。どうしたのだ?」 泰明は驚きの色を浮かべ、すぐ傍に駆け寄って来た。 「ひとりでちゃんと来られるか気になってな」 「……何度も行っているだろう」 「そうだな……」 笑いながら頭に手を置くと、泰明は横を向いた。 今日の夕刻、泰明が帰宅した頃に、天狗は彼を訪ねたのだ。そして、北山の庵に泊まらないかと誘った。泰明 は支度を整えてから行く、と答えてくれたので、邸に近い場所で彼を待っていたのだ。 「――天狗、行かないのか?」 「ん?ああ、そうだな。ところで泰明、晴明は何と言っていた?いつも通りか?」 頬を染めて俯いた泰明に、問いかけた。本当はすぐにでも連れて行きたかったが、もしも彼の師から許可が下 りていなければ叶わないだろう。 「……ああ。いつもと同じだ。お前のところに泊まる、と申し上げると、微笑んで『そうか、行って来なさい』とお答え になった」 だが、心配は無用だったらしい。彼を誘ったときの晴明からの返事は、いつも変わらないのだ。恐らく、薄々自 分たちの関係に気付いているのだろう。いや、もしかしたら薄々ではなく、何もかも知っているのかもしれないが。 「――そうか。それじゃ、行くぞ」 とりあえず、これでめでたく泰明を連れて行ける。背中と膝の裏を掌で支え、身体を抱き上げた。 「天狗っ……!」 「こっちのほうが早く着く。暴れるな。落ちるぞ」 抵抗する泰明を制止し、黄赤の空へと飛翔した。腕と手に、しっかりと力を込めて。 飛び上がった瞬間、泰明の目が背中の翼に向いているような気がした。 久しぶりに同じ部屋で眠れる今、彼を感じたいと思うのはおかしなことではないだろう。泰明は忙しいため、頻繁 に触れることは出来ないのだ。 「……私は、ここに泊まることを了承しただけだ」 「――そうか。こうされるのは嫌なんだな」 泰明の頬は、頭に手を置いたときと同じように色付いていた。瞳を逸らさずに、もう一度問う。彼がここに泊まり たいだけで、本気でこの状態を嫌がっているのならば、すぐに解放しよう。だが、そうでなければ。 「――そういう意味ではない」 小さな声が、耳に届いた。この言葉は、つまり。 「――嫌ではないのか?」 「……ああ」 泰明の唇が震えるように動いた。そして、その声は微かではあるが喜んでいるように聞こえる。彼も、自分に触 れられることを嬉しいと思ってくれるのだろうか。 そのまま手を伸ばそうとしたとき、ふと、泰明の目があるものを追っていることに気付いた。 「――ずっと、儂の羽根を見ているな。好きなのか?」 泰明が見ていたのは、背中の翼から落ちた一枚の羽根だった。集中すればしまうことも出来るが、そうする必 要がないとき、この翼は体外に出ている。今は、手を伸ばそうとした瞬間に少し身体が揺れたため、一枚だけ羽 根が剥がれたようだ。 夕刻、翼を広げたときも、彼はそこをじっと見ていた。羽根が、好きなのだろうか。 「……ああ。お前の羽根は、とても美しいと思う」 言葉通り、泰明の視線は翼に向いていた。自分では羽根の美しさなど良く分からないが、彼に褒めて貰えるこ とは嬉しい。しかし。 「――好きなのは、それだけか?」 それだけでは、寂しい。無論、天狗自身も背に生えた翼は嫌いではない。風を切って飛ぶ事も出来るし、何より も、首飾りに付けた羽根は泰明を守ることが出来る。だが、愛しい人に好かれているのは、身体の一部だけなの だろうか。 「――分かっているだろう」 「……お前の口から聞きたい」 その通りだ。分かっている。彼が今ここにいて、自分を受け入れようとしてくれていることが彼の想いを物語って いるのだと。だが、涼やかな声が告げる答えを、どうしても聞いておきたい。 「――羽根だけではない。お前のことが――」 好きだ。 泰明が言い終わらない内に唇を重ね、単の帯に指を絡ませた。 |
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