伍を


「天狗」
 戸のほうから、呼びかけが聞こえた。少し身体を休めていた天狗は、驚きながらも戸の傍に移る。
「――晴明」
 戸に手を伸ばす。隔てを移し、訪れてくれた者を呼んだ。
「近くで任務があってな。迷惑か?」
 彼は、いつもと変わらぬ笑顔で尋ねる。
 今は、夕刻だ。任務をこなしたので訪ねてくれたのだろう。
「いや。嬉しいぞ」
 見つめながら、答える。驚きはしたが、晴明に会えたのだ。邸に戻るまでだとしても、話せるのならば嬉し
い。
「――ありがとう」
 彼は、そっと息を吐く。
 晴明も安堵してくれたようなので、庵に、導きたいと思う。
 だが、ひとつ悩みがある。
 彼には、嘘を吐けない。天狗は、静かに述べた。
「だが、少し汚れておる」
 普段、芥にこだわらない。綺麗なところに招きたいと思う人が訪ねるときは、埃も取るのだが。驚かされる訪
問の際は、少し散らかっているのだ。
 やがて、晴明の言葉が聞こえた。
「――私に逢うとき、いつも綺麗に掃っているのか?」
 驚かされて、しまった。彼は、鋭い。
「……綺麗なところで逢えれば、幸せだからな」
「……ありがとう。では、互いに掃う任務をこなそうか」
 美しいところで逢えれば、嬉しさも増す。だから、晴明が訪ねてくれるときは芥も掃うのだ。
 天狗はが息を吐いて頷いたとき、彼は唇を綻ばせた。
 散らかった庵でも、傍にいてくれるのか。
 ならば、普段より更に素敵な庵にするべきだ。
「――ありがとう。ふたりならば、こなせる」
 天狗は、静かに頷いた。


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