強引だからではなく

「――逃げるな、泰明」
 強引に私の肩を掴み背後の壁に押し付けながら、天狗は言った。
 小さいが、部屋中に響くような低い声。身体を動かせず、息を呑んだとき――私の唇に、天狗のそれが重ねら
れた。
「……っ!」
 呼吸が乱れる。すぐ近くにある身体を、両の腕を伸ばし押しのけた。
 急に、どうしたのだろう。
 そう尋ねようと視線を向けたが、私は、何も言うことが出来なかった。
 天狗の瞳が、あまりにも真摯だったからだ。
 どうするべきか分からず口を噤んでいると、天狗はもう一度、私の肩を掴んだ。
「晴明の前では抑えていたが、これ以上は無理だ」
 掌には力が篭っているが、その声は掠れている。表情も、僅かだが辛そうに見えた。
「――天狗」
 私はようやく、この男は自分を止められないのだと理解した。
 今宵、天狗はこの邸へ泊まりに来ている。一日の勤めを遂行し、帰宅する途中、私は北山に立ち寄った。その
際に天狗と話をしたのだが、夜は邸に泊まりたいと、急に言い出したのだ。
 幸いお師匠はすぐに了承して下さり、先ほど三人で夕餉を済ませた。その後、自由に過ごして良いという師の
言葉を受け、天狗はこの庵にやって来たのだ。
 しかし。
 確かに、天狗はお師匠の前で私に触れることはなかった。
 まだ関係を秘めていたいという私の気持ちを、尊重してくれたのだろう。
「……まあ、本気でお前が抵抗するなら、潔く身を引くがな」
 私の肩を掴んだ男が、弱々しく笑う。
 これ以上、私は天狗を拒めそうになかった。
 天狗族には強引な者が多いと聞く。それは、この妖も例外ではないだろう。
 しかし、私が天狗に抗えないのは、強引だからではない。
 ――優しいからだ。
「――もう、抵抗はしない」
「――そうか。泰明」
 答えると、天狗の片手が私の頭に載せられた。
 そして。
 ありがとう、と、天狗は微笑んだ。


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