擬は


 夜。褥に背を預けていると、師の手が私の頭をなでた。
「――泰明」
 私を真っ直ぐに見るお師匠。綺麗な姿に、目を奪われた。
「……何でしょう?」
 緊張と幸せで壊れそうだと思ったが、静かに訊けた。
 穏やかに、師は答える。
「――願いを、話してくれないか?」
 言葉を、すぐには理解しきれなかった。瞳を逸らさず、もう一度質問する。
「――願うこと、ですか?」
 師は、ゆっくりと頷いた。
「互いに手を伸ばすとき、お前は饒舌ではないが私に任せてくれる。ときには、願いを話してくれないか?」
 優しい言葉に、思考する。願いなど、私にあるだろうか。私のもとを訪ね、傍にいてくださるだけで、幸せな
のだ。
 穏やかな目に自分が映っている。思考はやめずに、見つめる。
 そして。
「……ありがとう、ございます。では」
 私が礼を述べてから答えようと思ったとき。
「何だ?」
 お師匠は、唇を綻ばせた。
 深く呼吸してから、返答する。
「――笑って、名前を呼んでください」
 笑顔で名を呼ばれると、嬉しい、と思う。より、近くにいたくなる。私の、願いだ。
「――遠慮することはないぞ」
 私を、瞬きもせずに見る師。つまらないのかもしれないが。
「紛れもなく、私の願いです」
 本当の、願いだ。
「――お前の苦しみも、癒せるか?」
 お師匠はすぐ穏やかに笑い、尋ねてくださった。
「……はい」
 静かに、頷く。
 恐ろしさがあるときも、優しく名を呼ばれると、愛しさが勝るのだ。
「……泰明」
 瞳を逸らさず、名を呼ぶ師。
 愛しさが、強くなったとき。
 限界まで唇同士は近くなった。
 そして。単の帯に、師の手が伸ばされた。


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