がら

 
「晴明」
 十二月二十四日、深夜。紙袋を少し振りながら、天狗は美しい邸の広い窓に近付いた。家の主に、存在を示
す。ゆっくりと硝子は開かれた。
「天狗。傍に移ってくれ」
「ああ。邪魔する」
 彼と会話し、一歩入室してから窓を閉めた。静かな、やや暗い場所。祝宴のことも蘇る。
 夕食時は、泰明と泰継もいた。聖夜の集まり。晴明に招かれ祝宴を彩ったが、今いるのは、彼と天狗のみ。晴
明が座る椅子に、天狗は寄る。
 聖夜が終わる少し前に、ふたりきりで祝う。忘れない約束。泰明の眠りは遮りたくないので、呼び鈴を使わず
に窓を選ぶことも知らせている。祝宴時は遠慮した飲酒を今、共に解禁する。きっと良い席にしてみせる。
「早速移ろう。基本だが、手は揃って清める。良いか?」
 晴明が頷き、台所を眺める。
「無論だ」
 天狗も袋を示しつつ、歩む。
 良酒は既に晴明と選んだ。今から並び、肴を作る。上質な蓮根を持参した。彼には、洒落た酢の準備を願って
いる。様々な調味料で野菜を和えるのだ。
 小さな一角に晴明が踏み込む。天狗は続き、美しい調理台に袋を載せた。酢は見えない。大切に収納している
らしい。
「先に失礼する」
 彼は一礼し、そっと水を流す。綺麗な手を丁寧に洗い始める。
 互いの自室以外で目にすることはあまりない腕。良く見つめられる。
 天狗は、そっと口を開く。
「晴明。腕も後で清められるか?」
「すぐに洗える」
 悟られていたらしい。水はすぐに止められる。彼の微笑が、見える。
 更に距離を詰める。目は逸らさない。
「――もう一度綺麗に出来るなら、少し寄せさせてくれ」
 言葉を紡ぐ。静かに作業する腕。今は、少し堪能させて欲しい。
 晴明は笑顔のまま、腕を見せてくれる。
 そっと、接する。下膊は、遠ざからない。静かに、唇の熱を知らせた。


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