眼下の絶景

「――天狗、天狗」
 心地の良い声により、意識がゆっくりとまどろみから現実へと引き戻される。
 天狗の瞼は、少しずつ上がって行った。
「――ん……晴明か」
 横になったまま視線を下に向けると、自分の身体に抱き付いている晴明と目が合った。単姿の彼は、いつもの
ように柔らかく微笑んでいる。
「ああ。お早う。良く眠れたか?」
「……お蔭様でな」
「そうか、それは良かった」
 晴明の腕が解かれたため、天狗は褥から上半身を起こした。
 昨夜、天狗は彼の庵に泊まったのだ。互いの想いを確かめた後、同じ褥で眠りに就いた。
 晴明が隣にいると、普段よりも良く眠れるような気がする。夢の中でも彼の温度を感じるからだろうか。
 そう考えながら、天狗は衣を身に纏い、髪を整えた。
「――では、そろそろ儂は帰る。泰明も起きて来るだろうからな」
 身支度を終え、天狗は晴明に告げた。彼の愛弟子は、自分に気付いたら眉を顰めてしまうだろう。
「ああ、また来てくれ」
「――分かっている」
 手を振り笑う晴明に答え、天狗は庵の戸を開けた。
 眼前に、絶景と形容するに相応しい庭がある。
 天狗は、その美しさに圧倒された。
「――天狗?帰らないのか?」
 立ち止まったままの自分を不思議に思ったのか、後ろから晴明が言った。まだ着替えていない彼が、戸の隙間
から顔を出している。
「……ああ、すまん。いつものことながら見事な庭だと思っていた」
 振り返り、返事をした。数え切れないほど目にしたこの庭だが、いつ来ても感心してしまう。色とりどりの花と清
らかな気に心が洗われるようだ。
「ふふ、ありがとう」
「しかし、手入れが大変だろう?」
 穏やかな笑みを浮かべる晴明に、以前から気になっていたことを尋ねた。この美しさを維持するのは大変なの
ではないだろうか。
 しかし、晴明は表情を崩さずに返答した。
「いや、大丈夫だ。手を入れずとも、私の気が満ちていれば良いのだから」
「それはそうだろうが……そういえば、どんなときに整えているのだ?」
 確かにこの庭が素晴らしいのは、晴明の気に包まれているからだろう。身体を動かす必要はないのかもしれな
い。だが、庭中に気を行き渡らせるのには相当集中しなければならないはずだ。一体、いつこの広い庭を整えて
いるのだろう。
 晴明は顎に手を当てると、天狗を見つめた。
「そうだな……大切な人が庭を通るとき。だから――お前がここを通るときは、いつもだ」
 言葉の最後まで、晴明は天狗の双眸から瞳を逸らさなかった。
「……晴明」
「愛する人のためならば、景色を保つことくらい苦にはならぬ」
 名前を呟いた天狗に、目を細めて晴明は続けた。
 この絶景は、彼が大切に想う者のために守られている。そして、その中には自分が入っているのだ。
「――それはありがたいな」
 つまり、この庭は彼が自分を想ってくれていることの証だと言える。今日も自分が目覚める前に、庭を整えてく
れたのだろう。そう考えると、胸に温かな幸福感が広がって行く。
「――天狗、気を付けて帰ってくれ」
「……ああ、またな」
 唇を綻ばせる晴明に笑顔を返し、天狗は飛び上がる。
 絶景を眺めながら、天狗は翼をはためかせた。


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