えを


「――消えない音だな。天狗」
 戸の傍で、教えられた。静かさは守護する。天狗が晴明を見つめた。そっと、頷く。ふたりで休むのだ。彼
と、目を合わせる。
「充分に刻め、晴明」
 北山を褒めてくれた彼を、癒す。天狗は決めた。ゆっくりと寄る。北山の音が聞こえるのだ。庵は清めた。戸
の傍でも、少しは休める。
「しばらく聞かせて貰おう」
 晴明が唇を綻ばせて座る。小さな、祝福だ。ゆっくりと彼は目を閉じる。
 天狗は見つめる。今日、晴明を招いた。夜が包むとき、美酒を交わす。用意も済ませている。だが、焦ること
はない。美しい音に酔うときも嬉しいのだ。彼とならば、飽きずに待てる。
 晴明は、戸に耳を当てる。虫の声や、夜風の音。微笑み、聞いている。
 天狗は、普段あまり見ない片耳に見惚れた。
 通常は意識し難い場所。だが、美しいと思った。
 少し、補助するときか。美しさの、傍だ。天狗は更に晴明と身体を寄せる。近くで止まり、呼吸した。そして。
「耳は澄ませるか?」
 天狗が問う。晴明の傍で耳の後ろを目に映し、唇を寄せる。手を当て、聞き入るような効果を得られれば良い
と思ったのだ。
 彼は驚いたのか、目を見開く。しばらく、黙していたが。
「……天狗の、音だ」
 すぐに、再度微笑してくれた。今は、天狗が生む響きを聞いてくれているらしい。
「良く、分かってくれるな」
 天狗が、呟く。きっと、小さな音も晴明には響くはずだ。
 戸の傍で、しばらく安らぐ。既に、酔える。美酒は後でも構わない。庵も見える。今は、ふたりの奏でる音
が、愛しい。
 天狗は、唇を離さずにいられることを願った。


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