笑顔と相違点

「たまには良いものだな、泰明。この辺りを歩くのも」
 隣にいる天狗は、夕空を見上げ柔らかな声で呟いた。
「……そうだな」
 その言葉に答え、私も視線を上に向ける。そのとき、天狗の横顔も視界に入った。
 光を浴び、目を細めている。唇の両端は上がっていた。手は、頭上に翳している。
 今日の務めを遂行した後、私は天狗の庵を訪ねた。そのとき外を歩かないかと誘われたので、こうして共に散
歩をしている。
 私は空を見ることをやめ、天狗の横顔に目を向けた。唇は、先ほどまでと変わらずに綻んでいる。
 天狗は良く笑う。声を上げて騒ぐこともあれば、今のように穏やかな笑みを浮かべることもある。物事を楽しめ
る性格なのだろう。
 私は、あまり笑うということがない。今は自分に感情がないとは思わないが、それが性分なのだろう。
 良く笑う天狗と、笑うことが少ない私。他にも、天狗との間に相違点は数え切れないほどある。
 だというのに、どうして私は天狗の傍に行きたいと思うのだろう。
 そのような疑問が浮かんだとき、天狗がこちらを向いた。
「――どうした、難しい顔して」
 笑みを崩さず、天狗は訊く。その目は真っ直ぐに私を映しており、息を呑んだ。
 きっと、私が何かを疑問に思っていることも分かっているのだろう。
 一度深く呼吸をしてから、天狗に言った。
「……私と天狗は全く異なる。だというのに、何故お前に惹かれるのだろうと、思っていた」
 この男は、答えを知っているのだろうか。
 天狗は目を見開いたが、その顔にはすぐに笑みが戻った。
 頭に、手が乗せられる。天狗は膝を曲げ、私と目を合わせると、言った。
「――そんなの決まってるだろ。違うものを持っているからこそ共にいると楽しめるし、相手にもっと近付きたい
と思うからだ」
 普段とは異なる静かな声。鼓動の速さを感じたが、告げられた言葉に納得した。
 自分にはないものを持っている存在だからこそ、私は天狗といるとき、満たされるのかもしれない。
「そうか……」
 呟いたとき、天狗の手が頬に添えられた。
 顔に熱を感じたが、突然で声すら上げられない。
 戸惑っている私とは異なり、すぐ近くにいる男はまだ笑っていた。
「――というわけで、儂もお前にもっと近付きたい。文句は聞かないぞ」
 言葉を紡ごうと開きかけた唇は、天狗のそれによって塞がれてしまった。


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