どれくらい

 部屋の時計が午前零時を知らせた、そのとき。外に気配を感じた。
 ゆっくりと起き上がり、窓へと近付く。時刻通りに来たようだ。
 カーテンを開け、そこに誰がいるのか確かめる。やはり、予想した者が羽を広げてこちらを見つめていた。
「――来たか」
「入るぞ、泰明」
 呟いて鍵を開けると、そこにいた者――天狗は躊躇うことなく部屋に足を踏み入れて来た。下肢には服を纏っ
ているが、上体は何も着ていない。翼を自由に広げるためだろう。
 鍵とカーテンを閉め、天狗へと視線を向ける。
「用とは何だ?」
 近付いて、問いかける。
 先日、天狗に言われたのだ。九月十四日の午前零時、用があるので部屋に行く、と。だが、その理由について
聞くことは出来なかった。
 このような時刻にやって来るとは、余程大切な用件があるのだろうか。
「これを渡そうと思ってな」
 天狗は頷くと、片手に持っていた箱を目の前に差し出した。
「――これは?」
 箱は綺麗に包装されているが、何故それを私に贈ろうとするのだろう。
 尋ねると、天狗は唇を綻ばせた。
「誕生日おめでとう、泰明」
 その言葉に、目を見開いた。
 九月十四日。今日は、確かに私が産まれた日だ。
 それを祝うため、天狗はこのような時刻に私のもとへ来てくれたのだろう。
「――そうか、ありがとう」
「開けてみろ。良いものがあるぞ」
 小さく告げてから私が箱を受け取ったとき、柔らかな声が聞こえた。
 頷いて、慎重に包装を解く。それから、そっと箱を開けた。
 中には、硝子で作られた時計のようなものが入っている。
「……綺麗だ」
 手に取って、呟いた。曇りのない、とても美しい硝子。だが、文字盤に記されている数字が時計とは異なってい
た。
「綺麗なだけではないぞ。実はそれ、温度計でな。中にある玉が温度に合わせて移動するらしい。まあ、気が向
いたら飾ってくれ」
 どのように使えば良いのだろう、と思ったとき、天狗が説明してくれた。
 言葉通り、文字盤に当たる箇所が透明な液体で満たされており、その中に球体が入っている。これの位置が温
度を知らせてくれるのだろう。
「――分かった」
 私は、答える。天狗が選んでくれた、とても美しい温度計だ。飾らぬはずがない。
「……それは良かった」
 天狗は、笑顔で私の頭に手を乗せる。
 そして、もう一方の手が私の腰に当てられた。
「天狗……?」
「もう遅いし、今日はこの辺で帰る。だが、これくらいは許せ」
 不思議に思い声を上げたとき、天狗は言った。
 そして。
 天狗の唇が、私のそれに重ねられた。
「――突然、何をする」
 しばらくして解放されたとき、後ろに一歩下がって問いかけた。急な出来事に鼓動が速くなっている。
「……贈りもの、温度計ではなく体温計にすれば良かったな」
 だが天狗は問いに答えることもなく、笑っている。
「――何故だ」
 言葉の意味も理解出来なかったので、尋ねる。
 私のほうへと一歩近付き、天狗は口を開いた。
「お前の身体が、今どれくらい熱くなっているのか知ることが出来るだろう」
 天狗の額が、私の額に軽くぶつかる。
 そこから体温が更に上がりそうで、思わず目を逸らした。
「――莫迦」
 落ち着くために、小さな声で伝える。だが、天狗の唇は綻んでいた。
「それではな、泰明」
 明るい声で告げ、天狗が窓の鍵を開ける。
 私は頬の熱を感じながら、一度だけ頷いた。


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