どんな結果になっても

  彼は、いつもそこにいる。
「天狗」
「晴明か」
 北山の奥で呼びかけると、松の大木に寄りかかり目を閉じていた天狗は、目を開けてこちらを向いてくれた。
「何か用か?」
「特に用はない。お前の顔が見たいと思ったのでな」
 私が言うと、天狗は自分の額に片手を当てた。
「……お前にそんなこと言われても嬉しくない。そういうことは素敵な美女に言われたいものだ」
 しかしそうは言うものの、天狗は私を追い払おうとはしない。
「ふふ、悪かったな」
「別に悪くはない。お前といると気が楽だし」
 その言葉を聞き、私の顔は自然と綻んだ。
「そうか。私もお前といると楽しいぞ」
 この天狗と知り合ったのはほんの数ヶ月ほど前、調伏をしようと北山に赴いたときのことだ。今まで私が出会
ったどの妖とも違う彼に、私は強く惹きつけられた。
「……そりゃ良かった」
 乱暴な物言いをする妖。しかし天狗は私が突然北山に来れば文句は言うものの、共に過ごすことを許してくれ
る。私はそれがとても嬉しかった。
「――そういや晴明」
 しばらく隣で青空を仰いでいると、不意に声をかけられた。視線を天狗に移す。
「どうした、天狗?」
「お前、妻がいるのか?この間、中々に魅力的な女性と歩いているのを見たが」
「――ああ、いるぞ。言っていなかったか?」
 私の答えを聞くと、天狗は目を丸くした。
「そうか……世の中には変わった者がいるんじゃな」
「失礼なことを言わないでもらいたいな」
 どうやら天狗は本当に私に妻がいることを知らなかったらしい。そういえば、きちんと話したことはなかった
かもしれぬ。
「しかし、妻がいるなら儂に会ってる場合じゃないんじゃないか?きちんと愛してやらなきゃ女は逃げちまう
ぞ」
 天狗は意地の悪い笑みを浮かべる。私は胸に痛みを感じた。
「……そうかもしれぬな。だが、私が傍にいたら彼女を不幸にしてしまうかもしれない」
「――晴明?」
 私は妖狐と人の間に生まれた奇妙な存在だ。幼少の頃より不可思議な力を持ち、数多の穢れを祓ってきた。し
かしその反動からか、私は人と同じように年を重ねることが出来ない。このような私を気味悪がるものも多い。
当然、その被害が妻に及ぶこともある。彼女のことは愛している。だが、私が傍にいれば不幸にしてしまうかも
しれない。
「私は、理から外れた存在なのだ」
 自嘲しながら呟くと、天狗は右手で私の頬に触れた。
「……天狗?」
「そんなこと、ないと思うぞ」
 天狗は私の目を見つめ、低く真剣な声で言う。
「――確かに、お前の出生については噂で聞いておる。だけど、お前の妻はそんなこと気にしてないだろう。本
当に好きになった奴だったら、どんな結果になっても傍にいて欲しいものじゃ」
 それに、と天狗は笑顔で続ける。
「少なくとも、儂はお前の出生については全く気にせんぞ。何があろうと、何であろうとお前はお前じゃ。どん
な結果になってもお前の傍にいたいと思っておる」
「……」
 胸が詰まる。私はわざと笑みを作り、天狗の顔を見た。
「――それは、天狗は私のことが本当に好きだ、ということか?」
「なっ!?」
「参ったな……私には妻がいるのだが」
「お前っ、人が真剣に話してやったのに――」
 顔を赤く染め身を震わせる天狗に、私は言った。
「……ありがとう」
「晴明?」
「――ありがとう、天狗。とても嬉しかった」
 今度はわざとではなく、心からの笑みが顔に浮かんだ。
「いつもそれくらい素直だと良いんだがな」
 天狗は困ったように笑いながら、空を見た。
 しかし、天狗。
 口には出さず、私は日の光を浴びている天狗を見上げる。
 もしかしたら、私がどんな結果になっても傍にいて欲しいと思っているのは、妻ではなくお前かもしれない。
 妻への罪悪感を抱きながら、私は胸に手を当てた。


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