読書とその先

「……お師匠」
 誰もいない部屋の中、泰明は椅子に座り、呟いた。机の上には、まだ渡せていない贈り物が載っている。
 つい先ほどまで、この家では聖夜の宴が開かれていた。天狗と泰継、そして晴明と共に、賑やかな一時を過ご
したのだ。
 騒がしいことはあまり好まない泰明だが、この宴は心から楽しいと思った。大切な者たちの笑顔に囲まれていた
のだから、当然だろう。
 だが、泰明の胸には小さなわだかまりがあった。
 晴明のために用意したこの包みを、まだ手渡せていないのだ。宴も終わった今が贈るのに良い刻だとは分かっ
ているが、切り出せずに迷っている。
 師の勧めに従い、既に就寝の準備は済ませてしまった。もう明日まで待つ以外に方法はないのだろうか、と、ど
こか寂しげな包みに泰明は手を伸ばす。
 指先が触れそうになったのとほぼ同時に、軽くドアを叩く音が室内に響いた。
「泰明、入っても良いか?」
 聞こえたのは、晴明の穏やかな声だった。鼓動が急に速くなったことを感じながら、泰明はドアのある方向へと
視線を移す。
「――はい」
「失礼する。泰明、楽しい宴だったな」
 一度深く呼吸をしてから返事をすると、晴明は少しだけドアを開け、隙間から顔を覗かせた。
「……はい」
 椅子から立ち上がり、師のもとへ近付く。今なら渡せるかもしれないと思いながらも、どのようにすれば良いのか
はまだ分からずにいた。
「私は満喫したが……お前は、疲れてはいないか?」
「――いえ、大丈夫です」
 不安げな表情の晴明に、素直な気持ちを告げる。家は普段とは違う雰囲気に染まっていたが、決して疲労はし
なかった。楽しさのほうが勝っていたからだろう。
「それは良かった。ところで、お前に見てもらいたいものがあるのだが」
 晴明は、泰明の瞳を真っ直ぐに見ながら言った。
「――はい、構いません」
 再び速まった鼓動を鎮めようと胸に手を当てながら、泰明は小さく頷く。
 晴明は微笑してから、部屋に足を踏み入れた。身体の横に、美しく包装された大きめの箱を抱えている。
 泰明がその存在に気付いたとき、晴明は空いているほうの手でドアを閉め、ベッド脇にあるサイドボードに顔を
向けていた。
「では、あれを借りるぞ」
 言いながら、晴明はサイドボードの近くまで歩を進めた。泰明も後に続く。
 行動の意図が分からぬまま見つめていると、サイドボードに箱を載せ、ゆっくりと包装を解く師の手が目に映
った。
 ほどなくして、中から上品な作りの卓上ランプが現れる。
「……これは?」
 急に置かれたものに対して驚き、泰明は尋ねた。
「これならば本を読みやすいだろう。クリスマスのプレゼントだ」
 晴明はランプのスイッチを入れ、泰明に向き直った。その顔には、柔らかな笑みが浮かんでいる。
 眠りに就くために電気を消した後でも、ふと書を読みたくなることが泰明にはある。これまでは、もう一度灯りを
点け椅子に腰を下ろして本を読んでいたのだが、卓上ランプがあればその必要はない。
「――お師匠……」
 強く想っている人が、自分に何かを贈ってくれた。その事実が、泰明の心を満たして行く。
「――ここに置いてくれるか?」
「――はい。ありがとうございます」
 泰明は唇を綻ばせ、晴明に頭を下げる。優しく灯るランプは、贈り主に似ていると思った。
「……そうか、良かった」
 安堵した様子の晴明。その瞳を見つめ、泰明は今ならば言えるかもしれない、と感じた。
「……お師匠。私も、お贈りしたいものがあります」
「――何だ?」
 随分声は小さくなってしまったが、晴明に届けることは出来たようだ。背後の机に置いた包みを手に取り、目を
細める師に差し出す。
「――こちらです」
「……ありがとう。開けても良いか?」
 拒まれるかもしれない、という不安はすぐに消えた。両手から包みを受け取った晴明は、微笑んでいる。
「――はい。ご覧になって下さい」
 気に入って貰えるだろうか。そう考えながら、泰明は俯いた。僅かな音が、今、中身を確かめているのだと告げ
ている。
「――栞だな」
 出て来たものを見ながら、晴明は呟いた。
「……はい。書を読むときに、使うものです」
 泰明は、晴明に銀製の栞を贈った。金属の細い棒を挟む形状のものだ。様々な書を読む晴明に、少しでも役に
立つものを贈りたかったのだ。
「――とても使いやすそうだ。ありがとう、大切にする」
 晴明は再び微かな笑みを浮かべ、泰明の双眸を見つめた。
「……はい、ありがとうございます」
 安堵はしたものの頬が熱くなり、泰明は再び目を伏せた。
「――泰明。今、読んでいる書はないか?」
「――あります」
 不意に晴明に問いかけられた。泰明はすぐに顔を上げ、その質問に答える。
「……では、これから私が読んで聞かせよう。ここには灯も、栞もある」
 本棚から術書を持って来ようとした瞬間、晴明の顔がすぐ近くに寄り、泰明は息を呑んだ。
「――お師匠」
「……それとも、読書よりも先に、したいことがあるのか?」
 頭を掌でなでられたことを感じてすぐに、泰明の唇に、師のそれが重ねられた。


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