あのときと今

 
 天狗は自身の庵に招いた泰明を見つめた。隣の円座に正座した彼は北山の気を感じているのか、静かに目を閉
じている。
 今日は龍神の神子が早めに館へ戻ったため、供となった泰明も夕闇が迫る前に帰ることが出来たのだそうだ。つ
い先ほど彼が北山の近くを通りかかったため、まだ日も傾いていないこの時刻に彼と共に過ごせるこの機会を逃す
手はないと思い、少し強引に庵に連れて来た。
 こうしていると彼に出逢った日のことを思い出す。天狗は、ふと笑みを零した。

 泰明が晴明と共にこの北山にやって来たのは、生まれてから数日経った秋の日だ。晴れ渡った美しい空が広が
っていたことを今でも良く覚えている。
 一目見たときから、彼のことは気になっていた。晴明に良く似た整った容姿を持ちながらあまり表情を変えない泰
明。一体どのような性格なのだろう、と考えていると、晴明が互いに言葉を交わしてはどうか、と提案したのだ。
 天狗は簡単に自分の紹介を済ませ、さあ、泰明は何を言うのだろうと期待していたのだが――彼の涼やかな声が
伝えたのは、安倍 泰明という名前だけだった。それだけ言って、泰明は口を噤んだのだ。
 あまりにも愛想のないその言葉が妙に面白く、思わず吹き出してしまった。そしてそのとき、泰明が一瞬だけ目を
見開いた後に少しこちらを睨んでいたことは胸に強く残っている。彼の表情が変わる瞬間を見たのはあれが初めて
だった。

「……天狗、何故私を見つめている?」
 懐かしく回想に耽っていた天狗は、その声に反応し、現実の泰明へと意識を移した。彼はもう目を閉じてはおら
ず、軽く眉を寄せている。
「ん、ああ――お前と逢ったときのことを思い出していた」
「――そうか」
 答えると、泰明は少し驚いたようだった。自分がそのようなことを考えていたことが意外だったのだろう。
「――あのときのお前は本当に無愛想だったな。信じられないくらいに」
 天狗の顔が綻ぶ。以前の彼は今より口数も少なく、感情を表すこともあまりなかった。その顔を自身が彩ることも
嫌いではなかったが、今の表情豊かな彼もとても愛らしいと感じる。
「……そうか」
「ああ。そして生意気だった」
「――うるさい」
 少し笑いながら指摘すると、泰明は横を向いた。
「おっと、今もあまり変わっておらんようじゃな」
 最高位である自分をこともあろうか睨み付けていた泰明。そこは今もさほど変わってはいないようだ。
「――お前も出逢ったときからその揶揄するような口調が変わらない」
 やや呆れたように泰明は言った。確かに、自分にもあのときから変わっていないところがあるだろう。
 そして、変わった点もある。
「随分な言いかたをするな。でも――今はそんなところも含めてお前のことが好きだがな」
「――!」
 泰明は大きく目を開けてこちらを見た。だが、これは本心だ。
 昔は彼を興味深い男だと思っていただけだが、今は心から愛しいと想っている。この想いは止まらない。
 彼の全てが、好きで堪らないのだ。
「……儂はお前の全てが好きだ。無愛想なところも、生意気なところも」
「……」
 愛想がないところも無遠慮なところも、全て含めて彼なのだから。偽らざる気持ちを伝えると、泰明の頬が仄かに
染まった。しかし、決して嫌がってはいないようだ。ならば、彼の想いも確認しておきたい。
「――お前はどうだ、泰明。儂は寛大だから先ほどの言葉も許してやるが……儂の口調が嫌いなのか?」
 泰明はしばらく黙した後、口を開いた。
「――好き……だ。そうでなければ共にいない」
「……ありがとう」
 小さな声だったが、自身の想いを教えてくれた泰明。それを届けてくれた場所に触れたいと思い、そっと唇を重ね
合わせた。


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