あえて


 元日。晴明は、帰宅していた。壁に背を預け、静かに呼吸する。疲れも、少し取れるだろう。
「晴明」
 戸を打ちながら、晴明を呼ぶ者がいた。静かに、音の聞こえるほうへ移る。
 ゆっくり、戸に手を伸ばした。
「天狗。逢えた、な」
 戸の位置を変え、晴明は彼を見つめる。
「帰っているだろうと思ってな」
 訪ねてくれた天狗は頷き、庵に踏み込む。
 旧年の穢れを祓い帝に謁するため、昨年の終わりから晴明と泰明は留守にしていたのだ。ようやく、彼に逢え
た。
「……逢えて、嬉しい。ありがとう」
 戸の位置を戻してから、笑っている天狗に礼を述べた。安堵に、癒される。唇を綻ばせた彼は、いつも力をく
れるのだ。
 笑顔で、視線を移すこともなく晴明を見る天狗。幸せ、だった。昨年末から逢えず、彼も寂しいと思ったのか
もしれない。北山から赴いてくれたことも、嬉しい。ふたりで、ゆっくり過ごそう。
「晴明、よろしく……」
「――印象的に挨拶しよう、天狗」
 彼の言葉を、あえて、晴明は遮った。言葉での挨拶は無論嬉しい。だが、ようやく逢えた天狗を逃したくな
い。
今よりも、更に傍で挨拶しようと思っているのだ。天狗も、傍にいることを願ってくれるだろうか。
「――言葉では、足りんな」
 彼は驚いたようではあったが、ほどなくして笑顔に戻ってくれた。
 天狗の傍へ歩む晴明。彼も、自分を見つめてくれた。愛しさが、募る。
 手が、頬に伸ばされる。唇が寄せられそうになり、晴明は、ゆっくりと瞳を瞼で塞いだ。
 そして。
 挨拶が、始まった。


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