「まぁ、こういうのも…良いのかな…ははっ」 天を仰ぐ視界が滲む。 それは涙か、それとも雨か。 寝ているのか、立っているのか。 それを確認する術は、もう俺には無かった。 「おじちゃん、しっかりして! おじちゃん…おじちゃんっ!」 いや…まだ今日までは29だから『お兄ちゃん』って呼んで欲しいかな。 なんて、今更どうでも良い事が思い浮かぶ。 あぁ、判ることが一つあった。 俺の傍らで泣いてくれる、この見知らぬ子供。 この子を、助けることが出来たのだから… オリジナルSS「まおーさま」 第一話「生きて、死んで、生まれ変わって」 「あー、クソだりぃ…」 カタカタとパソコンのキーボードを叩きながら、俺は誰に言うでもなく愚痴をこぼす。 別に仕事ではない。勉学でもない。 趣味でもなく、特技でもなく。 ただ、無駄な時間を過ごす為だけにキーボードを叩く日々。 大して面白い訳でもなく つまらない、退屈だと愚痴をこぼしながらキーボードを叩いていく。 俺の名は天木 徹(あまき とおる)。29歳。…あぁ、いや。明日で30か。 どこにでも居る普通の会社員…だった。 世界的な大恐慌に見舞われ、俺の勤めていた会社は先月倒産。 新しい食い扶持(ぶち)も簡単に見つかる訳も無く、だらだらと毎日を過ごす日々が続いていた。 妻も居なければ彼女も居らず… … ごめん、大見得(おおみえ)切った。 生まれてこの方彼女なんて居たためしがなかった。 学校でも会社でも、言われる言葉は『人畜無害』。 平たく言えば、『居ても居なくても変わらない』というわけだ。 確かに不器用ではないが、得意なものがあるわけでもない。 顔も不細工というわけでもなく、特徴の無い普通の顔。 『こう、もうちょっと…アピールできる所は無いんですかねぇ?』 昨日ハローワークに行って、事務員に言われた言葉が脳裏に浮かぶ。 そんなもの、あったら最初から履歴書なり面接なりでアピールしている。 無いから、書けず…言うことも出来ない。 「居ても居なくても変わらない…か。俺が生きてる意味ってあるのかね…」 ぐっと背を伸ばせば、『ぎぃっ』と使い古した安椅子が軋みを上げる。 職が無いから金が無い。 今は何とかなるが、来月…再来月…もうそんなに余裕もなくなるだろう。 だが今は無職の奴が溢れ、働くことも出来ず食うことも出来ずに居る奴なんてゴマンと居るのだ。 「うぐ…何か買ってくるか…」 『腹が減っては戦は出来ぬ』等と昔の人はよく言ったものである。 俺の腹が鳴った途端、真面目な思考が全て『ハラヘッタ』に変わってしまったのだ。 財布の中を確認すれば…数百円。 カップラーメン位は食えるだろう。銀行にも少しは蓄えがあるが、後のことを考えると無駄遣いは出来ない。 俺は『のそり』と立ち上がると、緩慢に歩き始めた。 何時からこんな歩き方になったのだろう。 数年…いや、少なくとも去年はこんな歩き方をする様な俺じゃなかった。 会社が潰れ、新しい職も見つからず 友達も無く、両親も早く他界し 好きな人も居らず、好かれることも無く もちろん、嫌われることも無い。 「俺が死んだら、誰か泣いてくれるかな…」 ぶらぶらとコンビニを目指し、空を仰げばどんよりとした雲が覆っていた。 まるで、今の俺の心を表しているようだった… 傘を持って来ればよかったかな、とも思ったが もうコンビニと家の中間辺りまで来ている。 「あぁぁぁめふっちゃうぅぅぅ!!」 「ん?」 コンビニの前にある横断歩道。 渡るために止まっていた俺の横から、なんとも可愛らしい声が聞こえてきたのだ。 小学生くらいだろうか。 赤いランドセルの似合う、小さな子が『はやくっはやくっ』と信号機を急かしていた。 もちろん、急かした所で信号が早くなるわけが無いのだが。 それでも、雨に濡れたくないのだろう。 その子は今にも走り出しそうな雰囲気で… 「変わった!」 その子の顔が華やいだ。 つられる様に視線を信号機に向ければ、横断の信号はまだ赤だ。 ただ、車の信号が赤になっただけで… それでも、その子は走り出して… 「…っ!」 咄嗟…という奴だった。 俺は、地面に叩きつけられるまで…自分が何をしたのか、自分でもよく判っていなかった。 「おじちゃん、おじちゃんっ!」 さっきの子だ。 その子は頭から一筋の血を流しながらも、必死に俺を揺り動かしていた。 その時に、やっと理解していた。 俺が、この子を助けたんだって。 そう、俺は…考える余裕すらなく咄嗟に走り出して 半分以上渡り切ったこの子に思い切り体当たりを… そして、代わりにトラックに轢かれたんだ。 「おじちゃんっ! 死んじゃダメだからねっ! 今、大人の人呼んでくるからっ!」 顔は擦り傷だらけ、頭からも血を流しているのに その子は泣きそうになるのを必死に我慢して、俺に声をかけ続けていた。 「かっ…かはっ…」 俺は、おじちゃんじゃないよ。 そんな言葉すらも、喉奥から溢れ出る何か判らない物に潰されてしまう。 地面って…こんなにぬるぬるしてたっけ… 「お、おじちゃんっ! 死んじゃやだ…死んじゃやだぁっ!」 だからおじちゃんじゃないって… それに、トラックに吹っ飛ばされた割に大して痛くも無い。 ただ、体が動かなくて、感覚が無くて…呼吸するのがちょっと辛いだけで… 『ぽたり…ぽたり…』と頬が濡れる。 ほら、雨が降り出した…早く帰らないと濡れちゃうよ。 滲む視界は俺の涙か、それとも雨か… いや… 俺の血で血まみれになりながらも、必死に俺を助けようと声を上げる この子の涙か… 「死ねぇぇぇっ!!」 「げぶろばぁっ!?」 な、何だ?何が起こった!? 体が浮いたかと思った瞬間、何者か(多分女性だと思うが)に思い切り頬を殴り飛ばされていた。 よほど当たりが良かったのだろうか。 まるで漫画やアニメのように、錐揉(きりも)みをしながら俺の体が延々と吹っ飛ばされていく。 ビルを付きぬけ、煙突を付きぬけ 地面に付くことなく延々と… …延々と? 3つ目のビルを突き抜けた辺りから、俺の頭に違和感が走る。 突き抜けたのではく すり抜けたのだ。 「アンタねぇ…なんでこんな面倒な事してくれるかなぁっ!?」 「へ?…へ?」 本当に延々と錐揉みで吹っ飛び続ける俺は、突然首根っこを捕まれ 吐息がかかるほどに顔を近づけられ、何がなんだかと混乱するばかりだった。 「あれよ、あれを見なさい!」 「あれ?…あれ…あっ…」 首根っこを捕まれたままに突然方向転換させられ、指差しで『見ろ』と言われる。 言われた先。今居る場所から、およそ10メートルほど下。 そこには…手足があり得ない方向に曲がった俺と 「うあぁぁぁぁんっ…あぁぁぁぁんっ!!」 血まみれになりながら、土砂降りの中で泣いているあの子が居た。 「そっか、俺…死んだんだ」 「『そっか、俺…死んだんだ』…じゃないわよ!」 視界をさえぎる様に、今まで首根っこを掴んでいた女性が割って入ってくる。 見るからに、激昂(げっこう)している様だが… 「え、と…よく判らないんだけど…」 「アンタ馬鹿でしょう!? あのね、あの子はアタシの担当なの。今から連れて行く所だったの!」 担当?連れて行く? 何の担当なのか、どこへ連れて行くのか…そんな事を聞くのは無粋だった。 背中に背負う巨大な鎌。 まるで血のように赤い瞳。 多分、彼女は死神なのだろう。 そして、あの子はここで… 「死ぬ…運命だったって言うのか?」 「そうよ。あの子はあのトラックに吹っ飛ばされて、死ぬの。それが運命だった…それを…アンタがぁぁっ!」 「ちょ、ちょっと…だから…く、くるし…」 助けることになぜ怒るのだろうか。 俺は死ぬ運命に無くて、あの子は死ぬ運命にあった…そう言いたいのだろうか。 でも、俺なんかより…あの子が生きてる方が社会のためじゃないか…なんて、俺にはそう思える。 「アンタはね、52日4時間28分12秒後に銀行強盗して、1人殺害。53日14時間11分15秒後に2人殺害。そして、56日1時間と38秒後に警官に撃たれた後、トラックに轢かれて死ぬはずだったのよ! それを何よ!? 今死んじゃって!!」 『がっくんがっくん』と、俺の首を絞めたままに体を揺すられる。 苦しいのは苦しいのだが、意識が薄れることが無く 改めて、自分が死んでいるのだと再認識させられてしまう。 あ、でも…苦しいから止めて欲しいかな。 しかし、なんとも悲惨な人生である。 3人殺した後に撃たれてトラックに轢かれて死ぬなんて… 「なんだよ…それなら俺は今死んだ方が良かったじゃないか。あの子も…うぇっ!?」 「だから『馬鹿』って言ってるのよ! 大体ね…」 それから、死神様(多分)による『運命』とはなんたるかの説教が始まった。 正直な話、宗教っぽかったので話の半分以下すら聞いていなかった。 ただ、判ったのは 「お前の仕事が増えるって事だろ?」 「そうよ」 『やっと判ったのね』と、なんとも無駄に大きい胸を反らしながら偉そうにうなづいた。 でも、俺からすれば…そんなの… 「そんなの『糞食らえ』だ! 何だよ! あの子が何をしたんだよ! 俺みたいな奴ならまだ良いよ、でもあんな…あんな小さな子が死ぬのが運命だ!? 巫山戯(ふざけ)るな!! 」 「巫山戯てるのはアンタの方よ…ったく、『予定調和』の事を学んで貰わないとダメみたいね…」 『予定調和』だ? あの子がここで死ぬのが? 俺が3人殺して死ぬのが!? そんな巫山戯た事を考える馬鹿だ何処のどいつなんだ。 「あぁはいはい。じゃ、いってらっしゃい。アンタみたいに五月蝿(うるさ)いのは100万年位帰ってこなくていいから」 おい、俺はまだ…! そう言い掛けて気付く。 俺の周りの闇に、俺が既に声を出していない事に… 『ずぶずぶ』と闇に飲み込まれる感触。 気持ち良い悪い以前の問題だった。 おい、お… 「ばいばーい」 にこやかに手を振る死神(たぶん)。 それが、俺がこの世界で最後に見た光景だった。 はしがき というわけで突然はじまりました『まおーさま』をお送りしますゆめりあんでござります。 『エロくないぞ!?』と、全裸になってわくわくしていた方には只管(ひたすら)土下座土下座でして… えぇ、今回は導入部分ですのでエロくはありません。 次話よりエロが一杯になる…と、思います。 しかし、何故『黒姫』でなく、GSですらなくオリジナルを始めたかと言いますと… 思いつき…なんて言ったら殴られそうですね。 とある読者の話と、友達の言葉がきっかけですね。 詳しいことは書きませんけど… まぁそれは兎に角、このお話は触手プレイがメインになります。 えぇ。メインというか、恐らく触手のみです。 では、次回予告…って、すぐ書きますけど。 次回予告 『予定調和』を学ぶ為に異世界に飛ばされた徹。 「復活、お喜び申し上げます…魔王様」 「えぇぇぇ!?」 だが、目の覚めた徹は魔王になっていた。 第二話 「華やかなる転身? 人畜無害、イコール、まおー」