「はぁ〜…ふーっ…ふーっ…ずっ…ずるるっ」 カップうどんを啜り、時計を見遣れば午後7時半。 この家に私以外の人が居なくなって、現時点で24時間を過ぎた。 『奴』の話では忠美が帰るのは凡(およ)そ2時間後。 冥子が帰ってくるのは38時間後。 キヌは…不明…か。 大して美味くもないカップうどんに顔を顰(しか)めながらも咀嚼(そしゃく)を続ける。 食わねば腹が減るのだ。 『報告通り』であれば、忠美が帰ってきてから食事を作るのはほぼ不可能だろう。 「はぁ〜…まず…」 GS美神異伝「漆黒の姫君」 外伝4「本音と建前 〜嘘に縫われた真実〜」 不味い食事も終わり、『ぐっ』と背を伸ばせば『コキリ』と背骨が鳴る。 運動不足だ。恐らくは、ここ…忠美の所に来てからロクに運動しない所為だろう。 美神の所では横島程ではないにしろ、衣食住の保障の代わりに重労働を強いられていたのだが ここに来てからは『自分の意思』で参加しない限り、仕事に参加する必要は無かった。 私が無能というわけではない。 忠美や冥子が万能すぎるのだ。 私はゆっくりと、柔らかいソファに身を沈めて思考の海へと沈んでいく。 忠美の『ストリングスオブグローリー(栄光の糸)』という特殊な霊能力。 それは、収束力のずば抜けた金色為る不可視の刃。 それは、柔軟かつ伸縮に富んだ命の衣。 攻撃にも、防御にも扱えるという普通に考えればありえない能力である。 そもそも今私が着ているのも、その『栄光の糸』で縫われた服なのだ。 羽毛の様に重さを感じさせず 装備者の霊力を阻害するどころか、簡易的な増幅器にもなっている。 こんな物が存在すると世界に知られれば… いや、それこそ『ありえない』か。と考え直す。 忠美は『黒姫』なのだ。 「…? あ、お帰り」 どうやら気付かない内に忠美が帰ってきたようだ。 少なくとも、美神のところに住んでいる時はこんな事は無かったのだが どうも忠美と住むようになって、危機感が薄れたのか…深く考えた時には、抱き締められても気付けない時がある。 「あぁ〜タマモぉ〜…すんすん…はぅ〜…良い臭い…んっ…ちゅ…」 「って、何いきなり発情しっ…んぁっ!」 おかしい。 『報告』では、キヌの復活を行ったはずだ。 それによって、暫くとはいえ別れる事になって忠美は落ち込んでいるはずなのだ。 なのに 忠美の瞳を見ても、落胆の色が無い。 「ん〜…ちゅ…んちゅる…はふ…っはぁ…タマモの唇美味し…んっ…」 「んんっ…こっこらっ…ひん…まっ…んっ…ご飯食べてから口洗って無いって…話を聞い…んんっ!」 悲しみや落胆といった感は匂いにも無い。 ただ、極端に発情している。 …なぜ? キヌとの別れは忠美にとって大した事ではなかった? いや、それは無いはずだ。 己の命を掛けてまでもキヌの命を守ったのだから。 激しくキスをしながら、忠美の手がゆっくりと下腹部へと向かっていく。 私は…忠美が好き。 これは、『あいつら』でも変えさせない。 「はぁっ…忠美っ…ただみぃっ!」 「うわ…凄い濡れてるぞ。ほら、こんなに…下着の上から擦ってるのに、『くちゅくちゅ』っていやらしい音立てて…」 『びくびく』と身体を震わせ、意識を悦楽で塗りつぶされながらも 私は必死に忠美の名を呼ぶ。 私には、忠美を守るほどの力は無い。 逆に助けてもらうしかない。 でも… それでも、忠美の傍に居たい。 「忠美ぃっ…好きっ…すきぃっ!」 「俺も好きだよ…もう我慢しなくて良いから、可愛く絶頂(イ)くところを見せて…」 軽く乳首を弄られ、下着の上から触られているだけなのに 私はあられの無い嬌声を上げ、涙を流し、『がくがく』と身体を震わせ 身体中を走る悦楽に翻弄されていた。 普段なら、もっと激しくするか はたまた、焦らしに焦らして 私が『赦して』といわない限り止めないのに… 「あっ…絶頂(イ)く…っちゃ…ぁ…や…ーーーーーーっっっ!!!!!」 「ぁ…ぁは…可愛い…ん…ちゅ…」 甘い快感に包まれ、優しい絶頂に流される私を 忠美は優しく頬にキスしながら、私を抱き締めてくれる。 そして、やっと気付くのだ。 悲しいんじゃない 苦しいんじゃない ただ、寂しいんだって。 「そういえば、冥ちゃんは?」 「いまごろっ!?」 私の呼吸が整うまで、私の頭を撫でながら『にこにこ』と笑み 抱き締めていた忠美のあまり過ぎる言葉に思わず叫んでしまう。 まさかとは思うけど… 「今冥子が居ないの…気付いてなかった?」 「いや、居ないのは判ってたけど…コンビニ辺りにでも行ったのかなって」 そういえば、忠美は冥子が美神に連れられて中国に行ったのは知らなかったんだっけ。 『きょとん』と私の顔を見る忠美に、教えようかどうしようかと悩む。 『教えるな』とは言われて無いのだから、教えても良いのだろうけれど。 私はソファから身を起こし、ゆっくりと立ち 軽い声で言う。 知らなかったのは忠美だけではなかったと、私が知らなかったから。 「中国よ。美神に連れら…」 「何時(いつ)行った!」 静かなリビングに響く忠美の怒声とも付かぬ叫び。 あまりの忠美の豹変に、『ひっ』と小さく息を呑んでしまう。 私は何か言ってはいけない事を言ったのだろうか? 「何時だ、タマモ!」 「いっ…痛い…よ…」 そんな混乱をしている私など知らぬとばかりに、力任せに私の肩を掴み 今まで見たことも無い瞳で、表情で私に問うてくる。 何時(いつ)? それは判る。今から24時間半前。忠美が出てから… 「忠美が出てから15時間後よ…」 「くっ…」 苦虫を潰したような忠美の顔。 何で? アナタは『知らない』はずなのに 誰も『教えてない』はずなのに それに、知ってたとしても心配する必要なんて無い事なのに。 冥子が傷つく事なんてあるはずが無い。 そう『言われた』から。 忠美は苛立った様子でどこかに電話をして… 「ぐはぁっ」 突っ伏した。 やっぱり判らない。 「あの、忠美?」 「あ、えと…ごめんな、タマモ」 受話器を置いて、ゆっくりとソファに身を沈める忠美に おずおずと声を掛ければ、優しい笑みを返してくれる。 もう、大丈夫。 忠美の目に怒りも苛立ちも無い。 何時もの忠美の目だった。 何処に電話したのかは判らないけど 忠美の不安は取れたらしい。 Prrr....Prrr.... っと、電話だ。 ぐったりとソファに突っ伏した忠美は取りに行く様子が無いので、私が行くしかない。 『に〜はぉ〜』 受話器を耳につけた瞬間聞こえる間の伸びた声。 確認するまでも無い。 「冥子ねって…忠美?」 何時の間にか忠美は隣に立っており、相手が冥子だと判った瞬間 私から受話器を奪うように受け取り、何かを話している。 …ゲンシフウスイバン? よく判らない単語の羅列が多い。 ただ、私に判る事がある。 それは 「忠美、私を蔑(ないがし)ろにし過ぎよ。 私は欲求解消の道具じゃないのよ?」 「うぁ…ほ、ほら…なんというか…その、すまん…」 本当に蔑ろにした訳ではないのはわかっている。 でも、判っていても譲れない事だってあるのだ。 「明日、判ってるでしょうね?」 「わ、判ってるって…ちゃんときつねうどんと稲荷作ってやるから」 …作る? 食べに行くのではなく? 「楽しみにしてろよ、とびきり美味いの作ってやるからさ」 キヌではあるまいし、忠美が料理が上手いなど聞いた事が無い。 そう疑問に思う私に、忠美はウインクひとつしながら自身ありげに応えるのであった。 はしがき タマモ視点で外伝をお送りしますゆめりあんでござります。 『何で外伝だけはしがきがあるんですか?』というメールを頂きましたが 次回予告が無いからですっ! いえほんと、それだけなんです… 謎が謎を呼ぶタマモの思考。 でも敬謙な読者諸氏であれば、相手が誰なのか予想しているかも知れませんね。 それを良い意味で裏切れれば良いなぁと思っております。 では、また次回に。