「ハムにタマゴにポテトサラダ…」 家に帰り着いて、一夜明けた早朝。 最近意外に似合うんじゃないかと思ってきた、冥子ちゃんから貰ったエプロンをつけ 「シーチキンとコーンを混ぜて、パンにマスタードをぺたぺたり…」 俺は、メドーサ達に持っていく弁当を作っていた。 の、だが… 「…っとと。危ねぇ」 寝不足なのかは判らないが、『ふらり』と頭が揺れて一瞬意識が飛びそうになる。 眠いネムイねむい… 「…うおぁっ!?」 1秒にも満たない意識の混濁。 寝なおした方が良いかな。とも思うが、メドーサにこの弁当を持っていくと決めたのだ。 気を引き締めないと、な。 GS美神異伝「漆黒の姫君」 第拾一話「悪夢?正夢? 知らないキオク」 「タマモー、朝飯ここに置いておくからなー」 寝惚けた声を上げているタマモに一声掛け、俺は地下の駐車場へと向かう。 今、冥子ちゃんとおキヌちゃんは居ない。 冥子ちゃんは中国に。おキヌちゃんは…恐らく氷室神社に。 中国…と聞いて、原始風水盤の事を思ったのだが 『今回』のメドーサは、『前回』のメドーサと違い人間と大きく敵対していない…と、思う。 その所為なのか、原始風水盤の所にメドーサ達は居らず 大した戦いもなかったらしい。 「歴史が…変わってる、か」 誰に言うでもなく、小さく呟きながらバイクに跨り勢いよくスロットルを回し 朝もやの出ている人通りの少ない街中を飛ばしていった。 俺の考えからすれば、恐らく良い方に変わっていると思う。 『バタフライ効果』だったか。少しの変化が大きな変化を生むという、アレだ。 この世界の『横島』は試験に落ち、代わって『居ないはずの俺』。 つまり、『高島忠美』が合格しているのだ。 恐らくはその所為なのだろう、『横島』は犬塚シロと共に修行をしており 中国には行って無いようだった。 「んー、やっぱ熱い奴らは朝が早ぇな…」 白龍道場の入り口。道場まではまだ100メートル以上あるというのに 俺の居るここまで、アイツらが打ち合う音や掛け声が聞こえてくる。 元気なものだ。 「ちーっす。メドーサ?」 「ん〜? あら、姫じゃない。メドーサ様なら居ないわよ?」 上がり口を掃除していたのであろう鎌田勘九郎は、俺の言葉に反応してこちらに笑顔を向けてくる。 しかし、メドーサが居ない? 何か命令でも下ったのだろうか。 そう考える俺の頭を、勘九郎は『くしゃり』と撫で 「別に、姫の考えているような事は無いわ。メドーサ様は六道女学院の臨時教師になってるの」 「はぁっ!?」 『にこにこ』と笑みを浮かべながら話す勘九郎の言葉に、一瞬思考が止まってしまう。 魔族が、人間の学校の教師に? 『金が欲しいんだけど、何か実入りの良いバイトはないかね?』 『あらあら〜、だったら〜ウチの〜学校の〜教師を〜すれば〜良いんじゃないかしら〜?』 …あの人ならありえると思ってしまう自分が怖い。 しかし、何を教えるというのだろうか。人の歴史とか勉学とか、そういうのには興味なさそうなのだけれど。 「メドーサ様はね、計略に長けてらっしゃるから…」 そんな勘九郎の言葉に、『あぁっ』と納得してしまう。 簡単に言えば『卑怯なこと』を教えているわけなのだ。 別に、生徒に卑怯なことをさせる為ではないだろう。 『やり方』さえ知っておけば、『対処法』も自ずと理解出来る。 GSは『人在らざる者』との戦いなのだ。 その戦いで、相手が卑怯な戦法を使わないとも限らない。 …まぁ、美神さんならどんな相手でも使いそうだな。 そう思って笑みが零れる。 「そういうわけなのよ。メドーサ様に会いたかったら、女学院へいってらっしゃい」 「あぁ、ありがと。これ…を…あれ?」 勘九郎との話に夢中になっていた所為だろう。手に持っていたバスケットがいつの間にか無くなっており 「うめぇっ!! こんなに…んぐっ…うめぇの…ガツガツ…初めてだぜ…はぐっはぐ…」 「おい手前(てめぇ)! 卵サンド一個食いすぎだろうがっ!!」 既に、雪乃丞と珍念に食い荒らされていた。 「アンタ達はーっ!!」 「「ぐはぁぁぁっ!?」」 恐らく手加減無し。 激昂する勘九郎の右手から放たれる極太の霊波砲は、器用に雪乃丞と珍念のみを吹き飛ばした。 だが時既に遅し。欠食児童さながらの二人に食い荒らされたバスケットの中身は、殆ど空に等しくなっていたのだ。 「ホント、ごめんなさいね…あのバカ…帰ってきたらお仕置きしてあげなくちゃ…」 「あぁ、良いんスよ。どうせ、みんなに食べてもらおうと作ってきたぁぁぁぁっ!?」 俺の言葉は、『自称ヲトメ(恐らく『漢女』と書くのだろう)』である勘九郎の熱い抱擁によって消されてしまう。 女言葉を話しても、筋肉隆々の身体を持つ勘九郎。 そんな奴に抱きしめられて、まともな思考を保てる奴など居ないだろう。 「きゃはっ もう…照れちゃって…ぎゅーってして、あ・げ・る♪」 「ぎゃぁぁぁっ! 漢(ヲトコ)臭ぇっ! 汗臭ぇっ! 暑苦しいわぁぁぁっ!!」 俺の必死の抵抗も空しく…俺が解放されたのは、それから30分を過ぎてからであった… 「大変な目にあったよ…まったく…」 いつもは『高速道路』の法定速度で走らせるバイクも、今はそんな気力も無く 40km/hと『ゆっくり』六道女学院へと向かっていた。 勘九郎は悪い奴ではない。 『前の世界』で雪乃丞が… …なんだっけ? あれ? まぁ、いいや。 恐らく勘九郎の熱い抱擁(勘九郎談)によって、記憶が幾つか飛んでしまったのだろう。 それくらい凄まじかったのだ。 「ふーっ…」 ヘルメットを取って頭を振れば、メットの中で束ねていた髪の毛が音も無く散らばっていく。 流石に最近は慣れたものである。 最初は、この長い髪をどうやってメットの中に入れようかと苦戦したものだが… 癖の全く無いストレートの髪。 途中、切ろうかとも思った。 だけど…何故か… うん、まぁ…俺、長い髪のおねーさんが好きだからな。 そういう事にしておくか。 「ん…っ!?」 レザースーツのファスナーを少し下げ、タオルで首筋を拭う時に感じた視線。 視線の元は六道女学院からだったので、いち早く見つけたメドーサがこちらに向かって視線を送っているのだろうと思って軽く顔を向けた時だった。 まさに、黒山の人だかり。 校門前にバイクを止めた俺を見ているのだろう。 体操服を着た六道女学院の生徒達が『こそこそ』と話ながら、何やら熱い視線を送ってきていた。 …いや、まだこれは 嵐の前の静けさだったのだ。 「おや、姫じゃないかい」 そう、メドーサの声が聞こえた瞬間… 「「「「「きゃーーーーーーーーーーーーーっっっ!!!!!」」」」」 空気よ震えと言わんばかりの黄色い叫びが上がった。 「なっ…ななっ…何、なにっ!?」 「アッハハハ!! アイツら皆、姫のファンなのさ」 女生徒を飛び越えて来たメドーサは、大声で笑いながら俺の横に降り立つ。 しかし、『ファン』が出来るほど大々的に仕事はやっていないはずなのだが… 「何せ姫は『六道派閥の期待の新星』『六道家一人娘のパートナー』だからね。ここは六道家の学校だよ。大々的に宣伝してるのさね」 「あ…あはは…」 『高島おねーさまぁぁっ』という桃色の空気を含んだ黄色い声。 普段なら喜ぶところなのだが、あまりにも圧倒されてしまって乾いた笑いしか出てくれなかった。 「わざわざ来てくれたのにすまないねぇ…前もって判っていればもう少しやりようはあったんだけどさ」 「いや、良いって…ちょっとは驚いたけど」 本当はちょっとではなく、かなりだけど。 殆ど暴走しかかっている生徒達を諌めるのは時間がかかるだろうと メドーサは俺を抱えて来客用の部屋に連れてきてくれたのだ。 メドーサが差し出した飲み物に口をつける。 カモミールに似た香りが口一杯に広がっていく。 …心が落ち着いていく。 「そろそろだと思っていたからね。今夜当たりお邪魔しようと思っていたのさ。ま、姫が来てくれてその手間が省けたよ」 「そろそろ…?」 何だ…頭がくらくらして… 「大丈夫さね。もう『大丈夫』だろうから、そろそろ『思い出して』貰うことになっただけさ。抵抗せず、ゆっくり『追体験』してきな」 「つい…」 落ちる 暗い どこ? ドコダッケ? シッテル ぼこぼこトイウ音。 緑色ノ水。 ア、…サマ。今日モ来テクレタ。 『…また失敗か』 …サマ。落チ込ンデル。 ワタシガ失敗ダカラ、悲シンデル。 ゴメンナサイ。判ラナイケド、ワタシガ失敗ダカラ。キットワタシノセイ。 ダカラ、ゴメンナサイ。 『通産106体目の失敗か。計算は完璧のはずだ。何がいけない…何が…何が足りないのだっ!!』 沢山ノ紙切レヲ見ナガラ…サマガ叫ンデル。 オ役ニ立チタイノニ、身体ガ動カナイ。 …サマ、早ク壊シテ。キット、新シイワタシハ成功ダカラ。 『また失敗かい? 懲りずによくやるね』 『…か。『…の神』が…界まで何のようだ』 誰カ来タ。ダレ?ダレ?ダレ? 見タコトナイノニ、見コトアル。 キット、前ノワタシガ知ッテルヤツ。 『…だと!? 貴様、それをどうやって…っ!…やめろっ!!』 『アッハハハ! 『逆らう術』を知らないアンタがどうやって私に楯突くんだい? 黙って見てなよ、『成功』するからさ』 成功スル? 失敗ノワタシガ成功? 判ラナイケド、ウレシイ。 成功ニナレバ…サマ、キット喜ンデクレル。 知ッテテ知ラナイヤツガ白クテ青クテ金色ノナニカをワタシに向ケル。 『待てっ! それは…世界そのものだと判っているのかっ!!』 『判っているさ。私たちの世界。私たちの存在意義。『卵』にすら戻ることを許されず、『筐』となりし世界』 詠ウヨウニ喋ッテル。そいつガ持ツ『筐』カラ金色ノ糸ガ一杯伸ビテ。 …金色の糸? 何だっけか… ワタシノ身体ニ刺サッテイク。 糸ガワタシヲ食(ハ)ル。 糸ワタシニナッテイク。 ワタシガ糸にナッテイク。 包ンデイク。 包マレテイク。 『私はね、…界なんかに興味はないのさね。ここは墓場。堕ち者達の場。私が望むのは…』 …サマ、何デ泣いてるの? 私は成功したのに。 私はシリンダーから出て、嗚咽(おえつ)する…様の頭を優しく抱きしめる。 泣かないで。私はここに居るから。 「ナンバーP416258、私の事が判るか?」 「はい、敬うべき主にして我が父。そして愛すべきお方にして、我が夫…」 アシュタロス様 次回予告 高島忠美の知らない記憶。 P416258とは一体なんなのか。 記憶の奥底で、忠美は出会う… 次回 GS美神異伝「漆黒の姫君」 第12話「輝く偏四角多面体」 「アンタは要らない。逝って良いよ」