「おかーさん?」

浅い眠りに入っていた私…横島令子はゆっくりと目を開けた。
一番に入ってくるのは蛍光灯…白い天井。ゆっくり視線を降ろす。
白い壁、白いカーテン。そう、ここは病院の一室だ。
更に視線が下がる。白い引き戸。布団。それに掴まり揺さぶる我が愛娘が居た


GS美神短編「夫婦の契り〜生まれる前から愛してます〜」


「どうしたの、蛍子?」

ゆっくりと頭から頬を撫でると、破顔一笑。まるで向日葵の様な笑みが溢れる。

「おかーさん。おとーさんとけっこんしたりゆーおしえてー?」

結婚した理由。
そんな物あっただろうか、と令子は思うが結婚したのだからあるはずだと逡巡し始める。

だが離婚する理由は次々と出るのに、結婚した理由が思い出せない。

「おかーさん、いたいの?」

辛そうな顔をしているように見えたのか、娘…蛍子は心配そうな顔で令子を見つめる。

痛い…か…痛みを感じたのは一体何年前だろう、と自嘲気味に心の中で呟く。
今居るのは一般病棟だが、今の私に何が起きているのかは自分が一番分かっている。

半霊体分離症

世界で私一人が持つ症状。
病気ではない。怪我ともいえない。

かつてアシュタロス戦役で私の身体から無理矢理剥がされた結晶。その反動で私の胸から下の全ての感覚が死んでしまっていた。

発現したのは戦役から5年後…結婚してから…
そうだ、結婚してから半年後。この愛しい愛しい我が…いや、私…令子と夫…忠夫の娘、蛍子が生まれた日だった。

そこから紡がれる様に記憶が蘇ってくる…

くすりと笑む私に蛍子は、「おかーさん笑ってる」って『にぱぁ』と笑み返してくる。
そう…『こんな』になって、笑ったのは久しぶりのような気がする。

「ほら、蛍子。そろそろ帰るぞ」

不意に娘が抱き上げられる。「おとーさんっおかーさん笑った」と笑みながら私を指す娘。

「あー、可愛い笑顔だよな。俺が惚れただけはあるよ」

満面の笑みで頷く夫。だが、この笑顔が私の胸を抉る。

それを察知したのか夫…忠夫は蛍子を降ろすと先に部屋から出し、私…令子に寄り抱きしめてくる。

「や・・・」

腕と顔以外…いや、その腕と顔すら最近は動かすのが辛くなったこの身体で、忠夫の抱擁から逃げようと身動ぎする。
だが、忠夫はぎゅうと抱きしめてくる。

まるで陽だまりの様な温もり。腕や顔しか感じられないのに、それがまるで全身を包んでくれているように感じる。

「忠夫…私は、貴方にとって必要な人間なの?」

『女』とは聞かない。既に私は女ではない。胸から下は、布団を退かせば絶叫したくなるほど醜くやつれているから。

解かれる抱擁。それが答えの様な気がして

「ひは…ひはひ…ははほー」

思い切り両手で頬を引っ張られてしまった。

「そんな言葉を吐く口なんか取っちまうぞ?」

にこやかな笑みを湛えたままに私の頬を蹂躙する。

引っ張る
抓る
押さえる
揉む

痛みなんて無い。思わず口から『痛い』なんて出てしまったけど。
忠夫の一挙一投足の全てから愛を感じるから。

忠夫の紳士的な瞳に吸い込まれそうになる…

「俺が最初に令子に言った言葉…覚えているか?」
「『一生ついていきます、おねーさま』…だったかしら」

10年と経っていないのに、もう随分昔の様に感じる。

「確か、あなたは私の胸とお尻とふとももに興味を持って近付いたのよね」

事ある毎に『チチシリフトモモー!』と叫んでいた気がする。

ばつの悪そうな顔。分かっている。言われる必要もない。
もう、あの時の様な姿は一生見せてあげる事が出来ないのだ。

「でもさ…」

繕う様な忠夫の言葉が始まる。私にはそう思えた。

「令子に会った後に色んな人に会ったよな。」

少しの間。何を意味するのだろうか。
忠夫は目を瞑り、その時を思い出すかのように深呼吸を一つ。

「色んな人が居た。綺麗所なんて一杯居たな。スタイルでは小竜姫様とワルキューレが対照的だったし、愛らしさでは愛子におキヌちゃんに小鳩ちゃん…」

忠夫の口から溢れ出る女の名前。

胸を掻き毟りたくなる。絶叫したくなる。
出来る事ならば、病室を走り出て屋上へと駆け上がり、そのままの勢いで飛び降りたい。
でも、身体が…それを許してはくれない。

例え掻き毟ろうとしても力が入らない。
叫ぼうにも微かな声しか出ない。
走るどころか…立つことすら出来ないのだ。

やるせなかった…

そんな私を知ってか知らずか、彼の言葉は止まらない。

「でもな、どんなに綺麗な人に会っても…どんなに可愛い人に出会っても…どんなに…」

言葉が小さくなっていく。 どうしたのかと顔を向ければ

大粒の涙を…流していた。

「…どんな人でも、お前に適う奴なんて居なかった」
「それは言い過ぎじゃない?」

確かに私は綺麗『だった』。だが、人神魔妖の全ての中でトップに座する…そんな風には思えない。

「本当に適わなかったさ。どんなに綺麗でも、どんなに可愛くても、やっぱさ…」

忠夫の両手が、私の右手を優しく包む。
彼に、もう涙はない。 彼に浮かぶのは、暗い私の心を照らすかのような眩しい程の笑みだった。

「やっぱ…一番愛してる人には、適わない」

胸が締め付けられる。
私だってそうだ。メフィスト関係なく、夫を…

「忘れないように何度も言うよ。俺…忠夫は、妻…令子を生まれるからずっと…愛してます。」


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