『横島くん・・・』 ここはとあるホテルの一室。豪奢なドレスに身を包んだ美神と、真新しいタキシードを着こなす横島が吐息が掛かるほど近くで見詰め合っていた。 『駄目だろう、令子。ちゃんと『忠夫』って呼ばないと』 『で、でも何か恥かしくて』 頬を染め、視線を外す令子に横島は優しく微笑み、軽くキスをすると美神を抱きしめながら優しくベッドに倒れる。 『ほら、『忠夫』って言ってごらん』 『た…だ…お…』 耳元で囁かれて何も考えられない。頭がぼーっとして… ただお…忠夫…忠夫…ただおーっっ! 「だお…ふ…ふぁ?」 ぼぅっとする頭で周りを見わたす。ここは美神令子除霊事務所の所長、美神令子の部屋。 そう、私の部屋だった。 GS美神短編「策士、策に酔う」 『アサー!アサー!』と見鬼くんをモチーフにした目覚まし時計が鳴っている。 時間は6時半。後1時間もすればキヌが来る時間である。 「そういえば、シロとタマモはおキヌちゃんの家に泊まってるのよね」 視線を天井に動かし、屋根裏に居候している二匹の人狼と妖狐を思い出す。 「確か昨日…」と、昨日の事を思い出しながらゆっくりと起き上がった。 『今日は遅くなっちゃいましたので、シロちゃんとタマモちゃんは私の家に泊めますね』 遅くなったのというは除霊である。キヌとシロとタマモの3人で除霊をやって貰ったのだ。 その結果は今日持ってくるはずだが、恐らく失敗はしていないだろう、と美神は心の中で呟く。 「そういえば、忠…横島君はどうしたのかしら」 横島の方は別件の除霊をひとりでやって貰った筈だが、午前2時を過ぎても連絡が無かった。 時間のかかる除霊だとは判っているつもりなのだが… 「ぐ…ぐぉぉ…くかー…ぐおぉ…ふしゅ〜…」 寝室のドアを開けて直ぐ聞こえるいびき。確認するまでも無い。横島である。 「うわっ汗臭っ!?」 幸せそうな寝顔で寝ている横島に近付いて一番来たのが汗の臭い。 よく見れば所々が汚れている。 余程疲れたのだろう、恐らく戻ってきてそのまま寝てしまったのだと、美神は思った。 『トクン』と心臓が鳴る。顔が熱くなる。異臭が…何とも芳しい匂いに変わってくる。 頭に浮かぶのは昨日の夢に出てきた横島である。 彼から目が離せない。寝入っている所為か行動が大胆になってきている美神。 『令子…』と頭の中の横島が美神に囁く。 バクバクと心臓が高鳴る。 すとん、と横島が寝ているソファーの直ぐ前の床に座る。 汗臭い。臭いのだが…もっと嗅ぎたいと思ってしまう。 『やめろ、何をしている』と頭の中のもう一人の『私』が私を止めようとするが、耳に入らない。 『ぽふっ』と彼の胸に頭を預ける。 耳元でさらりと髪が鳴っている。 止まらない、止めたくない。 ゆっくりと彼の身体に腕を回し、汗臭い彼の匂いを胸いっぱいに吸い込む。 濃い…横島君の匂い… まるで身体全体が心臓になったかの様に全身が鳴っているのが判る。 でも何も考えられない。鼻は彼の匂いを嗅ぐが為に、顔は自分の匂いを擦り付けるが如く彼の胸に擦り付けていく。 「美神…さ…」 統制の利かなかった身体が一瞬にして戻り、『びくり』と震える。 頭に冷水を浴びせられた感覚。 起きた? 全身から汗が噴出す。 何と言い訳する? 言い訳? 好きだと言うか? このまま『抱いて』とでも言うのか? それとも何時もの様に殴るのか。 答えの定まらぬまま、ゆっくりと顔を上げて顔を見て… 全身から力が抜けた。 まだ寝ていたのだ。 恐らくまだ夢の中で、寝言で呼んだのだろうと。 止めれば良いのに、私では無いもう一人の『私』が私の身体を操作して、私の顔を横島の耳元に持っていく。 「れいこ…れいこれーこ令子レイコReiko…」 ぽそぽそと小さく、しかし少しだけ霊力を込めて囁く。 起きた時に『令子』と自然に呼ばれたらどうしよう。 もしかすると腰が抜けてしまうかもしれない。 もしかしたら、嬉しくて思わず抱きついてしまうかもしれない。 もしかしたら、嬉しさの余り泣いてしまうかもしれない 「令子…」 耳元(横島の耳元で囁いていたので必然的に彼の口元に耳があっただけだが)で囁かれ全身が『ビクッ』と震える。思わず離れようとし… 優しく抱きとめられ、離れられなかった。 美神…私を抱きとめながらも相変わらず寝入る横島。 このままキスしてしまおうかとも思う。 その先も… 多分後30分位はある。 私の『準備』は必要ない。 手を伸ばせば彼のズボン位なら… 「令子…キヌ、シロ、タマモ」 「…ハイ?」 横島の声に、いかがわしい事を考えていた頭が一瞬で冷静になる。 だが、横島の言葉は止まらない。 「冥子、めぐみ、小鳩、かおり、魔理、マリア、テレサ、小竜姫、ワルキューレ…」 止まらない止まらない。どんどん女の名前が出てくる。 私は何をしていたのだ。 発情した猫の様に顔を擦りつけ さらには一流ホテルでなく、こんな事務所のソファの上でこんな汗臭い男と そうだ、コイツはこんな男なのだ。 一生を捧げる価値など無い。 「ふ…ふふふ…」 笑みがこぼれる。 そう、こんな男に惚れるなんて勿体無いのだ。 こんな男は惚れさせて、足元に傅かせて丁度良い。 何を考えていた、私は誰だ? 私は令子。 美神家の長女。 美神家に『負け』の文字は無い。 最後に笑うのは『美神』なのだ。 「何を汗臭い格好で寝ているの、横島君…」 優しく、まるで女神の様な慈しむ声が漏れる。 私は誰だ? 「さっさと起きんかー!! そのソファはアンタの自給の何千倍すると思ってるの、アンタの汗臭い匂い…臭いが着くでしょーが!?」 「ぎゃーす!? れ、令…「今何と言おうとしたのかな、横島君」い、いや思わず口が勝手に…」 「言い訳無用!」 『何時も』のお仕置きが始まる。 確りと身体に覚えさせておかねばならない。 横島という男がただ一人人生を捧げる女性は私だけなのだと。 私は誰だ? 私は…令子。 美神令子なのよ! はしがき やっぱりこうなりました。 私の中の『美神さん』はこんな感じですねー 次回はタマモンでバレンタインな話でも書いてみましょうか… 15禁以下にするのが難しそうですが! ちょ…タマモさん、その得物は何で…ぎゃーす!?