「令子ちゃん、これ良いものネ。何時ものお礼アル。ただで上げるネ。」

春うららな昼下がり。ここは美神令子除霊事務所の一室。所長席に座る美神に明らかに怪しい日本語を話すエセ中国人、厄珍が怪しいオカルトアイテムを渡そうとしていた。


GS美神短編 「氷結の尾」


「要らないわよ」

美神はにべもなく言う。それもそのはずである。
この厄珍という男、変わったオカルトアイテムを見つけたら誰かで効果を試そうとする癖があるのだ。
恐らくこれも『曰く』付きなのだろうと美神は看破していた。

「アイヤー、令子ちゃんには適わないアルネ。」

詫びを入れるが、口調は全く悪びれた様子は感じられない。
しかし憎めない所がある。これもやはりこの男の魅力の一つなのかもしれないが…

『オーナー、お客様が…』
「そう? ほら、厄珍。ビジネスが始まるん…「れぇぇいぃぃごぉぉぢゃぁぁぁぁぁぁんっっっっ」

…だから、と続ける美神の声は部屋に泣きながら入ってきた女性の鳴き声によって遮られた。
厄珍は…気付けば居なくなっている。

「ちょ、ちょっと冥子! アンタ、私の事務所で泣くなって前か…あれ?」

『前から言ってるでしょう』と続くはずの言葉が止まる。
冥子の泣き顔に驚いた美神は必死に泣き止むようと近付くが、ふと違和感を感じたのだ。冥子が泣いている。何時もの様に霊波が不安定になっている。
…だが『何時もの』アレが無かった。

「冥子、アンタ式神どうしたの?」

そう、彼女が無くと必ずと言って良いほど六道の要たる式神、十二神将達による『暴走』が起きていた。
なのに、今は全くその気配が無い。式神が居なくなった?
勿論、修行の成果で泣いても暴走しなくなったという仮説も無くは無いはずなのだが、冥子との長年の付き合いにより美神にはその選択肢が存在してなかった。

「じつは〜・・・」

何時もの口調でまったりおっとりと冥子が事の顛末を喋りだす。
掻い摘んで話すと・・・
母親に式神達を取られ、今日の数時間後にお見合いをしなくてはならないらしい。
と、いうことを1時間ほど掛けて冥子は説明していたのだ。

美神には冥子が何を嫌がっているのは判らない。好きな男でも要るのかとも思ったが、そんな話は聞いた事も無かった。
勿論冥子にとって十二神将だ大事な『お友達』なのは知っているが…

流石に1時間も延々と泣き声交じりのマッタリ声を聞いてられなかったのか、美神は厄珍が置いていったオカルトアイテムの説明書を読んでいた。

「『氷結の尾』ねぇ…」

サファイアを散り填めたブレスレットタイプの物。どうやらこのブレスレットを見につけた物をきっかり1時間後に氷付けにするらしい。

「えーっと、外し方は…」

同梱されている方陣の描かれたハンカチをブレスレットに掛けて呪文を言う…

美神がじっと説明書を読んでいる間に冥子は居なくなっていた。
自分の話を聞いてくれない美神に、冥子は諦めて帰ってしまったのだろうか。

「み、美神さんっ! あれ、あれっ!」

切羽詰ったキヌの声が美神の耳に届く。
確かおやつのお菓子を作るために台所に篭っていた筈だが…もう出来たのか、キヌは美神が背を向けている窓(言うなれば正面玄関と同じ方向の窓)の近くに立っていた。
ん? と説明書からキヌの方に美神は視線を向けると、窓の外を指差している。

・・・見ないほうが良かったかもしれない。
窓の下、つまり事務所玄関前で…

冥子と横島が抱き合っていた。

「・・・で?」

にこり、と美神は笑みをキヌに返しながら聞くが、キヌは「ひっ」と小さく息を呑んで硬直していた。

私の笑顔ってそんなに怖いかな、と美神は思うが恐らく顔の所為では無いだろう。
身体の奥にふつふつと湧き上がる怒り。
だが、本当なら見当違いな怒りなのは美神にも判っている。

横島は一人身であり、彼女は居らず、20歳なのだ。
別に事務所の前で冥子と抱き合…

「ひゃぁっ!」

何かに驚くようなキヌの声が聞こえる。
美神がふと手元を見ると、何時の間にやら急須が粉々に砕け散っていた。
取り繕う笑いを向けようと、視線をキヌの方に向けようと動かした時…

ドアの隙間からこちらを伺う横島の顔が見えた。
美神が満面の笑みを横島に向けると、彼は物凄い勢いで入って来て、美神のデスクの前で直立する。

「み、みみみ美神さんっあ、ああれは冥子ちゃんが泣いてて…」

直ぐ様横島が必死に何か言い訳をするが、美神の耳には入らないようだ。
無言で『あの』ブレスレットを横島の前に置く。

「つべこべ言わず、このブレスレットを見に付けなさい」
「いえす、あい、まむ!」

恐怖からくる物なのか、まるでどこかの軍隊の様な掛け声を上げながら素早く見につける横島。

「・・・で、コレ何っすか?」

横島の疑問も最もである。
折檻されると思って入ってきたら、行き成り「ブレスレットを付けろ」と言われたのだ。
だが、美神は何も言わずにこにこと彼を見ていた。

「あ、あの横島さんそれ・・・」
「『氷結の尾』というオカルトアイテムよ」

その空気に堪りかねたキヌが喋ろうとすると、遮るように美神が説明を始める。

「って、俺の命はあと1時間って事っすかぁ!?」

『いややー死にとーないー!』と泣き叫ぶ横島に、美神は時計を見ながら

「正確には、後47分ね」

と楽しそうに呟いた。
無論、美神は横島を殺す気など毛頭無いはずである

「大丈夫よ横島君。59分59秒で解除してあげるから」

…多分。

横島に悟られないように美神はそっと方陣の描かれたハンカチを隠そうとして…

「…おキヌちゃん、ここにあったハンカチ知らない?」

無くなっている事に気付いた。

「え? あ、そこにあったハンカチでしたら冥子さんが持って行っちゃいましたけど…」

えっ?と美神は聞き返す。
『冥子さんが持って行っちゃいましたけど』

「横島君、今すぐ六道ホテルに向かいなさい!」

六道ホテル。六道財閥が所有するホテルであり、幸いにも事務所から10分の所にある。
10分というのは、勿論車を基準にしてだが。

車を出そうかと美神は考えるが、今の時間は午後4時。ラッシュに捕まる可能性が高い時間。
「走れ!」と横島に叫ぶ。
横島も弾かれたように走り出す。

間に合うか? 日頃人狼の犬塚シロと『お散歩』という名の超長距離マラソンを日頃こなしている横島なら途中でバテる事は無いだろうと、美神は思うが…

「後、42分か…」
「ま、間に合いますよね!?」

悲痛なキヌの叫びに似た問いが美神の耳を打つ。
だが横島に走らせるしか現状の最良の方法は無かった。
ラッシュに嵌る事を考えれば走った方が何倍も速いわけだし、走る事で車の通れない近道を行く事も可能なのだ。

「大丈夫よ、あの横島君よ? 平気な顔して帰ってくるわよ。」

あっけらかんと美神は言うが、これは長年の付き合いに伴う横島に対する信頼の証でもあった…

「ぬぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっ」

全速力でホテルへ向かう横島は、頭の中で美神の言葉を反芻する。

『良い? 冥子が持って行った『方陣の書いてあるハンカチ』を見つけたら、すぐにブレスレットに掛けてこの呪文を言いなさい』

呪文と言って良いのかどうかすら怪しいほど簡単な言葉だった。
だが、これなら俺でも間違えずに一発で言えるかな、と横島は心の中で呟いた。

「なっ…き、貴様何も「邪魔だどけぇぇぇぇぇぇ!!」…ぐわぁっ!」

ホテルの入り口に居た黒服のオッサンを吹き飛ばしてホテルに入る。


「こ、こちら『ボビー』侵入者がっ…「サイキックソーサー!」ぐわぁぁ!」

何かを通信機で話していたオッサン(こちらも黒服)にサイキックソーサーを食らわせ、胸倉を掴み上げる。

「冥子ちゃんはどこだぁ!」

瀕死のオッサンは案内板をゆっくりと指差す。
そこには『最上階ラウンジ:六道家お見合い会場』と書かれていた。
全速力で階段を駆け上がっていく。

エレベーターなんて悠長な事は言っていられない。1分1秒が惜しかった。
もう後何分あるのか横島には判らない。
後1分、いや後10秒で氷付けになって死ぬかもしれない。
そんな恐怖が横島を蝕み…

「俺は死ぬ時は腹上死って決めてるんだーっ!、めぇぇいぃこぉぉちゃぁぁぁんっっ!!」

多分蝕んでいる。明らかに煩悩が勝っている気もしないでもないが。

数十人という黒服のオッサンズが雪崩の様に階段から降りてくる。

「何人たりとも俺の走りを邪魔させねぇ! 俺は冥子ちゃんに会わなくちゃいけないんだよっ!」

オッサンズ文珠で吹き飛ばし、ハンズオブグローリーで投げ飛ばし、ひたすらに上の階を目指す。

「な、何だねキミはボクが誰だか「知る訳ねぇだろ、邪魔なんだよ!」ごはぁ!?」

白服のイケメンを、恐らく黒服の時よりも数割増しの威力で吹き飛ばす。
別に彼がイケメンが嫌いだからではないだろう。恐らく時間が無いからなのだ。

「よ、よ〜こ〜し〜ま〜く〜…「冥子ちゃんっ」きゃあっ!」

驚いた顔の冥子を横島は発見する。
ポケットからはみ出しているハンカチ。
横島は全速力で名を呼びながら冥子に走り寄る。

狙い済ました右手でハンカチを抜き取る。
だが勢い付いたままでは冥子ちゃんを吹き飛ばしてしまいそうになってしまったため彼女を必死に抱き止め、そのまま左手首に填められたブレスレットにハンカチを掛けて、横島は思い切り呪文を叫んだ。



再び場所は美神の事務所。既に外は夜の帳が落ちている。

「横島さん遅いですねぇ…」

ほけぇ…っとテレビを見ながらキヌは誰に言うでもなく呟いた。

「確かに連絡一本でもくれれば良いのに…全く気の利かない男ね…」

ぼーっとしているキヌに対して、美神はイライラしていた。
第六感が何かを告げている。
嫌な予感がひしひしと伝わってくる。

杞憂であればと思うが、この業界では第六感は一つのスキルでもあるわけで、美神もこの感覚に何度も命を救われている。

だが、今回は…

「みっみみっみかっみかっ!」
「どうしたの、おキヌちゃん?」

あれっあれっとテレビを指すキヌ。
視線を向けると臨時ニュースがやっていた。

「何で横島君がインタビュー受けてるの?」
「横島さんだけじゃないですよ、ほら隣っ!」

隣…顔を両手で隠し、下を向いていたため一瞬気付かなかったが、隣にいるのは冥子だった。

『六道冥子さん、突然のお見合いキャンセル』と右上のテロップに書いてある。
どうせ横島君がお見合いを滅茶苦茶にしたんだろう、と思っていた。

『彼…えっと、横島忠夫さんは突然お見合い現場に乱入して、六道さんのお見合い相手を殴り飛ばしたそうですが…』

インタビュアーの声が聞こえる。そんな事したのかと美神は苦笑するが、次の瞬間この苦笑が凍りついた。

『そうなの〜…その後〜私を〜ぎゅ〜〜っっって抱きしめてぇ〜「愛してるっ!」って叫んで〜』

きゃーきゃーと恥かしそうな声を上げる冥子の声。
だが、『愛してる』?

「美神さん…確か、呪文って」
「あ・・・」


氷結の尾。解除の呪文は、ただ名を叫べば良い。

アイス・テイル と

だが、見合い現場ではそう聞こえなかったのか、それとも横島の発音が悪かったのか…

それは誰にも判らない。

ただ…

『えへへ〜…たぁちゃん、すき〜♪』

テレビ画面には、二人のキスシーンがアップで映されていた…


はしがき

ミナサマ初めまして。同HP18禁用板に投稿させて頂いておりますゆめりあんと申しますです。
ちょっとまて、ここはノーマル板だぞと思うかもしれませんが…

ノーマルなのでバッチリです。

いえそれが、女横島+1話目が獣物に加え、9割方果物表記になるというちょっと特殊な物を書いておりますので
一本位はどノーマル?を書いたほうが良いかなと…はい。
出来るだけキャラを壊さず書いてみたつもりですが…

それでは、ゆめりあんでした〜

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