「ぶぇーっくしょい、コンチクショー!」
ここはとあるオンボロアパートの一室。部屋主たる横島忠夫は盛大なくしゃみをしていた。
別に風邪をひいた訳ではない。単純に部屋が寒かったのだ。
一般家庭であるならば、ストーブやエアコンを筆頭に様々な暖房器具があるのだが、ここ横島邸にはその類の物は一切存在しなかった。
時は午前1時を回っている。夜更かしをしているのではない。寒くて眠れないのだ。
「こんな時にあいつ等が居ればなぁ…」
あいつらとは人狼の子『シロ』と九尾の狐の転生体『タマモ』の事である。勿論人外であるこの二匹は人の姿を…それも相当の美少女になる事が出来る。
だが、今横島の頭に浮かんでるニ匹は獣の姿をして横島の布団の中で暖をとっている様だ。
ふと、寒さが消える。いや、寒くなくなったのではない。
誰かがドアを叩く音がしたのだ。
こんな夜中に…と横島は思うが、元来の人付き合いの良さが『待たせてはいけない』という考えを浮かばせ、反射的に布団を片付け、ちゃぶ台と座布団を出し、玄関のドアに手を掛けた…
GS美神短編「竜☆恋(ドラコイ) 〜とある年のValentine day〜」
横島が誰かと会う、その5時間前…
「ふんふん〜ふん〜…」
ここはとある霊峰山の修行場にある調理場の一角。そこに若き竜の姫と、原曲も判らぬ鼻歌と、カカオの甘い香りが充満していた。
「ヴァフラの花弁と、ナイトシェードの花粉…それに竜火草の根っこっと…」
明らかにチョコレートの材料ではないだろうという素材が『原型のまま』ドボドボと液化したチョコレートの中に投げ込まれていく。無論、分量を量っているような素振りはない。
だが本人はそれを気にした風もなく、機嫌良く何十種類もの材料の入ったチョコレート『らしきもの』を混ぜていく。
「ふふ〜ん、ヒャクメも気前が良いわね。まさかこんな本を貸してくれるなんて…」
竜の姫…小竜姫の左手には小冊子が握られていた。題名は『百目印 これで殿方の心は貴女の物 〜チョコレート編〜』と書かれている。
そう。今投げ込んでいる怪しげな素材の数々は、この小冊子に書かれているものなのだ。
勿論、『丸ごと』入れろ等とは書いていないはずなのだが…
「えっと…後は…え…えー!?」
まるで急に近視になったかのように小冊子に目を近づける小竜姫。その顔は何処となく赤いのは気のせいだろうか…
意を決したかのように、ズボンを止めている紐を緩める。
重力に引かれた様にズボンが床に落ちる。
そして、小竜姫はそこにある『らしい』ものを探した。
「・・・ない」
明らかな落胆の声。 一体何が無いのかは全くの不明だが、どうやら小冊子に書いてある、それも小竜姫のズボンの中にあったであろう素材が無かったのだろうというのは推測できた。
「本当に生えてるの…こんな所に…」
「はぁ」とため息をつき、ぶつくさと文句を小声で言いながら再びズボンを履き直す。
小竜姫は悩んでいる。
どうやら、『その』素材が最も重要らしいのだが、無いのだ。
ふと、何かを思いついたのか『ぽん』と拍手を打ち
「そう、髪の毛で良いじゃない。毛には変わりないんだし」
どうやら必要な素材は『毛』だったらしい。
「えいっ」と、何とも可愛らしい掛け声と共に毛を引き抜く。
その数、十数本。
どこかの協会に勤める神父であったなら発狂し兼ねない数であるが、必要なのは一本だったのか、他の毛は無造作に床に捨てられた。
小竜姫は抜いた『毛』に竜気を込めて、チョコレートに複雑な方陣を描いていく。
「るくぉる…れぅくす…るぃか…れん…ひゃくめ…めるあ…ぃるき…せぱら…」
描き終わった方陣の中心に『毛』を立たせ、左手に持つ小冊子に書いてある呪文を読んでいく。
もう少し…もう少しだ…もう少しで完成する…
くすくすと笑みながら呪文を唱える姿は、さながら魔女の様だった…と、後に彼女の友人は語っていた。
だが、『本の通り』であるならの話だった。
本に書いてある事が『本当』ならば
もし、本当だとして、『正確』にしていたならば
それら仮定を全て超えた先にあるであろう『完成品』
だが、彼女の目の前にあるものは『それ』ではなかった。
いや、もしかすると『それ』が完成品なのか…
少なくとも『それ』…そう、『食べ物』であるはずのチョコレートに
「え…えぇー!?」
食べられていた。
時は『現在』に戻る。場所は横島邸の玄関。
「誰ッスかー? って、小竜姫様じゃないっすか!?」
何の警戒も持たずにドアを開けた横島。開けた先に居たのは小竜姫らしい。
既に深夜である。勿論横島の部屋も電気はついていない。
だが、暗がりのシェルエットを見た横島には『それ』が小竜姫である事を看破していた
「…え、えっと…なぁんか…前にこんな事があったよーな…」
気がしていただけであった。
夜の暗さに目が慣れた横島がもう一度良く『それ』を見る。
それは…小竜姫の姿をしたチョコレートだった。
正確にはチョコレートではなかったのかもしれないが、少なくとも首から上はチョコレートで形作られた『小竜姫』の顔があったの確かである。
『それ』無言で入ってくる。
同時に横島は後退する。
進む
後退する
進む
後退する
何度か続けられた後、横島の背中が『トン』と何かにぶつかった。
確認する必要もない。ドアと反対側にある横島の部屋の壁だ。
「ワタシヲ…タベテ…」
「い、いやー…ほら、キミ可愛いし食べるの勿体無いかなーなんちゃってー!?」
混乱して何を喋っているのか横島自身も判断しきれていない。
が、次の瞬間、『ドゥ』という背中に伝わる衝撃と共に、横島は押し倒された事を認識した。
「何でこんな力が」と混乱しながらも叫ぶが、既に遅い
「ワタシヲ…タベテ…タベテ…タベテ…」
「は、初体験がチョコレートなんてイヤー!?」
呪詛の様に呟く声と、横島の絶叫が深夜のアパートに響いていた…
時は瞬く間に過ぎ、冬の遅めの日の出が始まる頃
部屋で泣き声が聞こえていた。さながら少女のような声。
声色が少女ならば良かったかもしれないが、声主は誰でもない横島であった。
横島は芋虫…いや、胎児の様に縮こまっていた。
「うぅ…ほ…ホンマに…やってもーたぁ…」
何をしたのかは横島の胸の内にしか無いだろう。
ただ「前に7回、後ろに3回、顔に2回、口に3回、ちっさいけど胸に1回」と呟いているのが何か関係しているのかもしれない。
「でも、やーらかかったんだよなぁ…」
持ち前の前向きの思考で、思いを変えながら仰向けに…
「・・・?」
『ぺたり』と感じる、暖かく柔らかい『何か』が横島の右手に伝わる。
餅か、大福かといわんばかりの吸い付くような柔らかさ、動かしてみると所々がぬるぬると滑っていた。
「夢…だよなぁ…やっぱ…チョコレートだもんなぁ…」
誰でもなく、自分に言い聞かせる様に呟く。
『見るな』と頭の中の自分が囁く。
何故かニ頭身にデフォルメされたルシオラが、所構わず当り散らしている。
そっと…その柔らかい物から手を放す…
冷やりとした空気の感覚。
これが現実なのだ、今ここに居るのは横島である俺一人なのだと…
そんな『現実』と思っていた事が夢物語であったかのように『暖かい何か』によって右手が包まれた。
これが…現実なのだと。
「おはようございます、横…じゃないですね…だ…旦那様…えへへ…」
はしがき
え…えっと、のーまるですよね・・・?
のーまるということにしておきたいゆめりあんでございます。
・・・ダメですか? 15禁ですか?
ちょっと設定が判り辛かったかもしれないかなぁ…と思います。
殆ど妄想が暴走して書き上げた物ですので…
いやそれ以前に真面目に書いた物があるのかと言われたら…
けふんけふん。気にしない事にしましょう。
元ネタの話ですが、実はスーパーマンの映画なんです。
『どこが!?』って思われるかもしれませんが…
確か1978年の映画だったはずです。
DVDで買いまして…
名前忘れましたが悪役の男の姉? がスーパーコンピュータの配線?に取り込まれて、サイボーグになって、スーパーマンと戦うというシーンがあるのですが…
これ、チョコレートだったら面白いかなぁと…
ほぼ、スーパーマンの原型は残っていませんので元ネタの方に入れませんでした。
…言われて気付ける人が居るかすら微妙ですしね。
さぁ次はタマモンな話かもしれません。
プロットはあります。っていうより、前回の「夏長話」の『続き』に位置する話になります。
つまり
横島はどっちに行ったのか!?
じゃないですね。
横タマの行方は!?
シロと3(ピー)はどーなった!?
などなど、一部?には嬉しいお話が来る…かも、しれないような事も無きにしも非ず…
えぇ、予定は未定なのです。
では、次回に…
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