「砂時計の砂が!」
話に夢中になってる間に、とうとう砂時計の砂が落ちきってしまったのだ。
すると・・・。
彼の姿が少しずつ透明になってきた。
私は咄嗟に彼を抱き寄せて、唇を重ねる。
と、同時に彼が私の『なか』に入ってくるような感覚を覚えた。
抱きしめ合いながら、申し合わせたかのように互いのシャツのボタンを引きちぎり手にとる。
パパーン―――――。
車のクラクションの音が鳴り響く。
気がつくと私は、一人で店の軒先にいた。
あれは・・・夢?
夢じゃない証がほしくて、咄嗟に彼のボタンを引きちぎったのを思い出した。
恐る恐る右手を開くと、そこには瑠璃色のボタンが握られていた。
「・・・静子さんっ!」
彩人はそう叫びながら目覚めた。
205号室・・・重症の病人が入る個室の部屋である。
見舞いにきていた妹の彩子が心配そうに兄を見つめている。
「僕・・・夢を・・・?」
外には先ほどから変わらず、しとしとと雨が降り続いている。
癌に侵され、もはや病室から出る事もできないくらい衰弱しきった彩人にとって、
梅雨のさなか、窓から見える紫陽花の花だけが唯一の風景であり、それが全てだった。
誰にも言わなかったが・・・彩人は自分の命がもう長くないのだと理解していた。
「静子さん・・・」
彩人は小声でそう呟くと、そっと両手を開いた。
左手には砂時計・・・右手には茶色の渦巻き模様のボタンが握られていた。
「なぁ・・・彩子・・・僕寝る時に砂時計やボタンなんて握ってなかったよね?」
「ん?・・・ん〜・・・なかったけど」
その返事を聞き終わると、彩人は両手にある物を妹に見せた。
「いつの間に?・・・私ずっとお兄さんの側にいたけど。。何にも持たずに寝てたよ」
そう言うと、不思議そうな顔で両手に握られた物と兄の顔を交互に見つめる。
「夢じゃなかったんだ・・・」
「うん?」
「実はね・・・」
彩人は今までの事を、妹に話し始めた。
「それで・・・僕が消える寸前に・・・」
彩人は何か思い出したのか、赤い顔になった。
「その時に・・・キスされて、あの人が僕の中に入ってきて・・・」
聞いてる間、彩子はずっと不思議そうな顔を崩さなかった。
「・・・夢じゃない証がほしくて・・・あの人のボタンを・・・」
いつの間にか、彩人にとって静子は・・・あの人に・・・恋人になっていた。
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