新世紀エヴァンゲリオン 蒼い瞳のフィアンセ


第4部 ネルフ再生



第64話 嵐の前

「惣流さんっ!ごめんなさいっ!」 月曜日の朝、シンジ達と登校していたアスカの前に、急にイライザが現れて、大きく頭を 下げた。イライザは、イギリス支部の研修生であり、先日アスカに対して暴言を吐いたの だが、シンジに引っぱたかれて泣きながら去って行ったのである。 「本当にごめんなさい。私、シンジ様のファンだったので、惣流さんのことが羨ましくな って、つい、あんなことを言ってしまったんです。私、物凄く深く反省しているんです。 ですから、許してくださいっ!」 (ふん、見え見えの芝居なんかして。モロばれなのよっ!) アスカは、直ぐにイライザの謝罪が表面的なものにすぎないことを見抜いていた。 だが、そうとは気づかないシンジは、涙を流さんばかりのイライザに、少しばかり同情し た。こういう方面には疎いシンジであるため、イライザが内心では舌を出していることに 気づかない。 「まあ、良いわ。許してあげるわ。シンジもそれで良いわね。」 と、アスカ。 「ああ、良いよ。僕こそ、引っぱたいてごめんね。」 シンジも同意する。 「そんな、いいんです。私が悪かったんですから。」 イライザは、更に深々と頭を下げる。 「でも、許すには条件があるわ。これから1カ月の間、アタシ達に近付かないこと。良い わね?」 「は、はい。分かりました。」 だが、アスカにはお見通しだったことに気づき、イライザは少しだけ青ざめた。こうして、 シンジにうまく取り入ろうとしたイライザの作戦は、失敗に終わった。 ***  イライザは、アスカにもう一度深々と頭を下げた後、足早にその場を去った。目指すは、 同じイギリス支部のアニーである。イライザは、アニーを見つけると、疲れたような声を 出した。 「はあ…。アニー、あなたの言う通り、謝ってきたわよ。でも、アスカにはお見通しだっ たみたい。1カ月間、シンジ様に近付くなって言われちゃったわ。」 「1カ月ね。でも、それでも許してもらえれば良いわよ。良くやったわね。」 「でしょ。私が他人に謝るなんて、明日は雪が降るかもしれなくてよ。」 「あはははっ。それも良いかもしれないわね。あっ、そうそう。新しい情報が入ったわ。 シンジ様達が、テニス部に入るらしいのよ。」 「えっ、何ですって。でも、訓練はどうするの?」 「良く分からないんだけど、結構確かな情報よ。シンジ様に、トウジさん、カヲルさん、 ケンスケ君、アスカ、マリアに、ヒカリって子が入るらしいのよ。」 「ユキっていう子は?」 「元からテニス部らしいの。だから、お昼を食べるメンバーがそのままテニス部に入るみ たいね。」 「じゃあ、私達も入りましょうよ。」 「それが、駄目なのよ。訓練に支障があるから、多分入れないわ。」 「じゃあ、シンジ様やケンスケ君はともかく、マリアが何で大丈夫なのよ?」 「どうも、訓練のスケジュールとかが私たちと少し違うらしくて、それで入部が認められ るらしいのよ。」 「悔しいっ!マリアに、二歩も三歩も遅れをとったじゃない。」 「でも、巻き返すのは容易じゃないわ。かと言って、手をこまねいている訳にはいかない しね。なんと言っても、私たちには、イギリス支部の名誉がかかっているんだから。」 「何か、良い方法は無いのかしら。」 「いい、イライザ。今は時期が悪いわ。だから、じっと我慢するしかないわ。とにかく、 情報をなるべく多く集めることが必要よ。そして、勝負をかける時期が来るまで、力を蓄 えておくのよ。分かるわね?先走ったら駄目よ。」 「わ、分かったわ。」 イライザは頷いた。だが、自分の失言によって、ドイツ支部のマリア達との差がかなり開 いてしまったことについて、強いあせりを感じていた。 一方、教室へと向かうシンジ達を見つめる目があった。マナである。その目は、獲物を狩 る猛禽類の目のような輝きを放っていた。 「ふっふっふっ。アスカなんかには負けないわ。」 マナは、シンジ達が来ると、突然前に立ちはだかった。 「ねえ、シンジ。ちょっと話があるんだけど、いいかしら。」 (何よっ!この女はっ!) むろん、アスカが黙っているはずはない。 「残念ね。シンジはね、忙しくてアンタの相手をする時間は無いのよ。」 言うが早いか、シンジとマナの間に立ちふさがる。 「惣流さん、あなたには関係ないでしょ。」 「ぬわんですって!」 怒ったアスカが詰め寄ると、マナは後ずさる。 「あっ!」 ところが、運悪く転んでしまう、ように見せかけてわざと転んだ。ここまでは、マナの計 画通りである。 「シンジ〜。足を捻った〜。保健室までおんぶして〜。」 甘い声でシンジにねだる。シンジの性格なら、断れないだろうと踏んでのことであるが、 そうはうまくいかなかった。 「あ〜ら、霧島さん、ごめんなさい。相田っ!保健室まで運びなさい。」 「はっ、はいっ!」 ケンスケは、アスカの命令に忠実に従って、マナを抱き抱えて保健室へと去って行く。 「こんちくしょうっ!覚えてなさいよっ!」 (ふんっ!おととい、おいでっ!) マナの遠吠えが聞こえたが、アスカの顔は勝ち誇っている。ケンスケがアスカの下僕であ ることを知らなかったマナの作戦ミスだ。 「どうしてこうなるんだよ〜っ。」 シンジの呟き、いや心の底からの叫びを聞く者はいなかった。 だが、今後も同じような光景が、シンジの目の前で繰り広げられるとは、鈍いシンジには 予想出来なかった。 *** 「カタカタカタッ…。」 授業中、アスカは端末に向かって、一心不乱に何かを入力し続ける。一見、まじめに授業 を受けているように見えるが、実はネルフの仕事をしている。それを知っているのはシン ジと教師だけである。 シンジは、アスカの方をチラチラと盗み見ることが多くなった。夢中で端末を叩いている アスカは、真剣な表情をしており、いつものアスカと違った魅力ー凛々しさとでもいうの だろうかーがあった。 アスカは、誰が見ても綺麗で可愛いのだから、惚れた男が見れば、さらに最低5割増しに 見えるであろう。だが…。 「おい、碇。次の問いに答えろ。」 「は、はいっ?」 急な指名に、シンジは慌てふためいた。それを見た教師は、大きなため息をつく。 「先生!碇君は、惣流さんを見ていたんですよっ!」 誰かの声に、教室内では笑いが渦巻く。シンジは冷や汗を流しながらアスカの方を見るが、 アスカは気づかずに端末を叩いている。だが、ホッとしたのも束の間。 「碇君は、また惣流さんを見ていますっ!」 シンジの顔は、ゆでダコのように真っ赤になった。 *** 「まったく、シンジったら恥ずかしいわねえ。」 お昼時になって、外でお弁当を食べたのだが、先程の話題がメインになってしまった。そ のため、シンジはアスカに小言を言われるハメになる。 「アスカ、ごめん。これから気をつけるよ。」 シンジはすまなさそうに頭を下げた。だが、プリプリしている割りには、アスカの声にト ゲはなく、あまり怒ってはいない。 「でも、本当にアタシの方を見ていたの?」 「うん。」 「アタシの顔なんて、いつでも見れるでしょうに。」 「そうだけどさ、まじめな顔をしているアスカって、凛々しくて綺麗だなあって思ったら、 目を離せなくなってたんだ。」 (なっ、なんて恥ずかしいことを言うのよっ!) それを聞いて、アスカの顔は真っ赤になった。 (でも、褒めてくれたから、少し嬉しいかな。) アスカは、沈黙したままである。 ケンスケとトウジはあきれたような顔になり、ヒカリ、ユキ、マリアにカヲルは、微笑ま しいという顔つきである。 トウジは、何か言おうと思ったのだが、ヒカリに怒られそうな気がしたため、やめること にした。トウジもやっと賢明な判断が出来るようになったようだ。だが、ちょっとずれた 者もいた。 「いいねえ、シンジ君は今、恋をしているんだね。」 今更そんなことを言うカヲルに、みなずっこけそうになった。 「えっ、どうして分かったの?」 続くシンジの言葉に、今度こそみんなずっこけてしまった。 そんな穏やかな?話をしていたシンジ達を見つめる目がいくつもあった。 「き〜っ!悔しいっ!アスカッ!覚えてなさいよっ!」 マナは、遠く離れた場所からアスカを睨む。それを見ていたムサシが、ケイタに目配せす ると、ケイタは嫌そうに声を出す。 「碇君のことは、もうあきらめたら。」 「何ですって!」 「だって、惣流さんは世界的なアイドルだし、碇君も惣流さんにぞっこんだっていう話だ し、マナが入り込む隙間なんて無いよ。」 「そんなの、分からないじゃない。」 「それに、僕達の恩人の加持さん、いや、今は葛城さんか。葛城さんだって、惣流さんを 怒らせるような真似はしないでくれって言っていたじゃないか。葛城さんに迷惑かけちゃ 悪いよ。」 「むううっ。」 それを聞いたマナは唸った。そう、マナ、ケイタ、ムサシの3人は、リョウジの取り計ら いでこの第3新東京市に住んでいた。ケイタとムサシは、リョウジの手配で身を隠すよう にして暮らしていたのだが、先日、リョウジに頼まれてネルフに所属するパイロットとな っていた。 そして、ゼーレとの最終決戦後は、今までとうって変わってリョウジの手配した高級マン ションに住むことになり、パイロットの給料や臨時ボーナスも支給されて、怯えながら貧 しく暮らす生活からおさらばしていたのである。 マナも、リョウジの手配で第3新東京市に来ることが出来、両親を呼び寄せて一緒に暮ら している。住まいも親の仕事も、リョウジの世話になっていたのだ。ちなみに住まいは、 ケイタやムサシと同じマンションである。 つまり、3人はリョウジに対して、返し切れぬほどの恩があったのだ。 「ねっ、だから葛城さんの迷惑になるようなことはやめようよ。」 「でっ、でもっ!アスカさんは、いずれシンジに飽きるわよ。」 マナは唇を噛んだ。マナとて、まともに戦っては勝ち目が薄いことは分かっている。アス カと比べると、自分が誇れるものはあまりない。だが、アスカが世界的なアイドルになっ たことで、付け入る隙が出来たと思ったのだ。 マナの読みでは、いずれアスカがシンジよりも素敵な男性に心を奪われる。その時が逆転 のチャンスなのだ。 「そうかもしれないけど、碇君は他のパイロット候補生にも物凄い人気があるよ。惣流さ んが他の男の方に行ったら、物凄い争奪戦になると思うけど。」 「ええっ!そんなあっ!」 マナは、がっくりと肩を落としたが、すぐに持ち直した。 「恋はねえ、障害があればあるほど燃えるのよっ!」 それを聞いて、ムサシは心の中で滝のような涙を流した。 さて、シンジ達を見つめる目は、他にも多数あった。パイロット候補生達のうち、男は例 外なくアスカのファンであったから、一部の例外を除いて、アスカにいつかはアタックし ようと思っていたのだ。 この点で、男と女で大きな差があった。女は、最初からアスカと張り合うのをあきらめて いる者が多かったのだ。エヴァンゲリオンのパイロットだからといって、それが女の魅力 になると思う者がいなかったせいだ。 身の程知らずは、イギリス支部のイライザだけだったと言えよう。とはいえ、アスカとシ ンジが別れたら、真っ先にシンジの恋人に立候補しようと考えていたのだが。 一方、男の方は、シンジをライバル視し、いつかは超えてやろうと思う者が多かったせい もあり、アスカはシンジよりも自分にこそがふさわしいと思う者が多かった。 だが、いきなりアスカにアタックしては、失敗するのが目に見えていたため、現在は特に 動きが無いだけであった。それでも、情報収集には余念がなく、今も遠くから観察してい る者が多い。 いずれは、誰かがアスカにアタックし、大きな騒動が起きるのは間違いないだろうが、今 は何事もない。いわば、嵐の前の静けさであった。 (第64.5話へ) (第65話へ)

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―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― あとがき  アスカもシンジも、パイロットに対してだけでなく、世界的な人気者です。でも、アス カを押し退けてシンジにアタックする勇気を持つ女は、殆どいません。ですが、シンジを 押し退けてアスカをモノにしようと考える男は多いようです。それが、これから大きな騒 動を呼び起こすかもしれません。 2002.12.9  written by red-x



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