新世紀エヴァンゲリオン 蒼い瞳のフィアンセ


第23話 婚約披露パーティー 後編


 さて,今日のパーティーで,アスカとシンジはどこからも引っ張りだこであった。主役 であるから,当然なのだが,アスカは,足の調子が万全ではないため,迷った末に,苦肉 の策を用いることにした。 大人達は,酒が入ると,ちょっと下品なことを言い出す。必ずと言っていいほど,誰かが 『キスしろ〜。』と言うのだ。アスカはそれを逆手に取って,『は〜い。』とにこやかに 言って,シンジとキスをした。キスしている間は,シンジに支えてもらい,足に負担がか からないようにするのだ。 実のところ,アスカは,シンジが嫌がるかもしれないと思って,事前に相談したのだが, 驚いたことに,全くと言っていいほど嫌な顔をせずに了承した。このためアスカは,以前 二人のキスシーンを公開されたので,シンジが破れかぶれになっていると推測した位だ。 こうして,二人は大人達の前で,恥ずかしげもなく抱き合って,それはそれは長い時間, キスをしたのであった。アスカは,キスを重ねる度にシンジが上手になっていくのが分か った。シンジは,最初のうちこそぎこちないキスだったが,回数を重ねるうちに,かなり 自然にキスが出来るようになっていったのだ。 (ふふふっ。キスがうまくなって,アタシも楽が出来るなんて,一石二鳥ね。) アスカの心の内を知らない大人達は,そんな二人を見て,初々しいと感じていた。アスカ とシンジは,ちょっと恥ずかしそうにしながらも,堂々とキスをしていた。大人になれば なるほど,体面やら面子とやらが邪魔をして,そんなことが,出来なくなるのだ。 ネルフの大人達は,心からこの二人のことを祝福した。暗かったネルフの雰囲気に,一筋 の光が差し込んだような気がしたのだ。その意味で,冬月の狙いは大当たりと言えよう。 パーティーは,アスカとシンジに誰かしらのグループが近付いて来て,一通りあいさつを して,皆で写真を撮って,時にはキスをして,そして離れていくという繰り返しだった。 写真を撮るのは,さきほど呼ばれたユキであり,ビデオ撮影はケンスケが担当していた。 キスを重ねるアスカとシンジを,羨ましそうに眺めていたユキとケンスケだったが,二人 とも,お互い羨ましそうに見ていることに気付き,真っ赤になった。 パーティーが進むにつれて分かったことだが,アスカにとって意外なことに,シンジが年 上のお姉さん連中から,割合と人気があったのだ。婚約者であるアスカが隣にいるという のに,このお姉さん連中は,シンジの頬にキスの嵐を浴びせるのだ。 だが,さすがのアスカも,この日は短気を押さえ込む必要があることは理解していたため, 心の中とは裏腹に,笑顔を崩すことはなく,にっこりとしていた。 シンジとは対照的に,アスカに対しては,同様なことは起きなかった。アスカは,内心少 しだけがっかりしていたが,真相は違った。シンジの背後にゲンドウとミサトの影を感じ たため,みんな我慢していただけのことだった。 もしそうでなかったら,アスカは,優に100人を超える男達に求婚されていただろう。 アスカの取り合いで,乱闘騒ぎが起きた可能性も高い。それほど人気のあったアスカだが, それ以上にゲンドウとミサトは恐れられていたのだ。 もう一つの意外なことは,ドイツから来た友人が,口を揃えたように,『良い人をつかま えて羨ましい。』というのだ。アスカは,思わず『えっ,何で?』と,言いそうになった が,よくよく話を聞いてみると,他の支部では,シンジの人気は物凄く高かったようだ。 本部でこそ,情けない一面を良く知られていたシンジだったが,他の支部では,実績のみ が知らされていたためらしい。 何の訓練も受けなかったにもかかわらず勇敢に使徒に立ち向かったこと,不利な状況の元 でも使徒との初戦に勝利したこと,チルドレンの中で最も使徒殲滅の実績があること等々。 いずれも客観的に見ると,凄いことであった。 特に,実戦を経験した者ほど,シンジに高い評価をしていた。誰しも,初めての実戦では 小便をちびり,膝を震わせ,満足に戦えないのが普通だからだ。厳しい訓練を重ねた大人 でさえそうなのだから,何の訓練もしない中学生が,想像を絶するバケモノ達に立ち向か うこと自体が称賛されるのだ。 例えるならば,銃を持ち,防弾チョッキを着た兵士の前に,ナイフ1本で立ち向かうよう なものだ。しかも,相手は殺意を持ち,実際に殺人を犯しているのだ。余程訓練された兵 士でも,初戦なら満足に戦うことが出来ないだろう。実戦とは,そういうものなのだ。 だが,初戦に勝利したうえ,その後も敵の攻撃を受けて,何度も死にかけたにもかかわら ず,シンジは戦い続け,曲がりなりにも勝利を納めてきた。男達はシンジのことを尊敬し, 女達は英雄と称えていたのだ。 (ふうん,そうだったんだ。そうよねえ。アタシは長い間,厳しい訓練を受けてきたけど, シンジは普通の中学生だったのよね。普段はおどおどしていたし,ぼけぼけっとしている から分からなかったけど,良く考えたら,シンジって,結構凄い男だったんだ。アタシが 負けたのは,シンジが凄すぎたせいなのね。) 今更ながら,シンジの凄さに気付くアスカだった。そんなシンジと婚約したアスカを,友 人達は社交辞令ではなく,本気で羨ましがっていた。 (今のうちに,唾をつけておいて,得をしたのはアタシだったりして。思ったより,シン ジって人気があったのね。でも,何でシンジは,全然訓練をしていなかったんだろう。あ の髭親父,きっと何か隠しているに違いないわ。) ふと,疑問が浮かぶアスカであったが,友人に話しかけられて,そんな疑問はすぐに頭の 中から消え去った。 実は,アスカは,友人達を呼ぶのが嫌だった。アスカの目から見たシンジは,優しいけれ ど頼り無い少年だった。アスカは,常々,自分より優秀な男以外は好きにならないと公言 していたが,どう見てもシンジは普通の少年に見えた。だから,友人達に馬鹿にされると 恐れていたのだ。 だが,実際にふたを開けてみれば,アスカの恐れは杞憂にすぎなかった。それどころか, 誰もがシンジのことを褒めたたえた。最初にシンジを見たとき,皆意外そうな顔をした。 シンジのことを筋肉モリモリ男だと思っていたらしい。だが,実際には,線の細い優しそ うな男だった。そのことが,逆にこれからの将来性を感じさせていた。あまり鍛えなくて もこれだけの成果をあげるのだ。鍛えれば,もっと優秀な男になると。 シンジのことを褒めちぎる友人達のお蔭で,アスカは鼻高々だった。久しぶりに,アスカ の自尊心がくすぐられることとなり,アスカは自然と上機嫌になっていった。 「アスカ,お友達は僕のことを何か言っているの。」 アスカが友人と楽しげに話すのを見て,シンジも安心したのだろう。自分が何て言われて いるのか,気になりだしたようだ。もちろん,シンジはドイツ語が理解できないからだ。 アスカは,けなしてからかってやろうかなどと思ったが,変なことを言うと,シンジの顔 が歪むだろうと思いなおした。自分の良い気分を少し分けてもいいかなと。 「勇敢なのに,優しそうで,良い男だって。皆,羨ましいって言ってるわよ。」 アスカがそう言うと,シンジは思いもかけないほめ言葉に,真っ赤になってしまった。そ んなシンジを見て,アスカはちょっとからかってみたくなった。そして,シンジの耳元で 小声で囁くいた。 「アタシ,シンジのこと,見直しちゃった。本気で好きに,な・り・そ・う。」 (ふふふっ。シンジのこと,見直しちゃったし,全くの嘘じゃないものね。) 「本当なの?」 そう言うと,シンジの顔は,パッと明るくなり,満面に笑顔を浮かべた。今まで見た中で, 一番優しくて,明るい笑顔だった。それを見たアスカは,胸がドキッとした。 (な,なにあせっているの。シンジの顔なんて,見慣れているのに。でも,いまのシンジ の笑顔は,包み込むような優しい笑顔。シンジったら,こんな顔も出来るんだ。アタシ, 本当にシンジのことを好きになっちゃうかも。でも,やっぱり好かれた方が良いけどね。 おっと,アタシもお返ししなきゃ。) 「アタシの顔を見れば,分かるでしょ。」 そして,アスカは,シンジに対して2度目となる,最終兵器の笑顔を返した。まるで,天 使のような優しい笑顔。今日は,さらに上機嫌と化粧とドレスが加わり,今まで最高の笑 顔になったことだろう。シンジの顔は,さらに明るくなった。 ドイツから来た友人達は,その笑顔に驚きを隠せなかった。アスカのこんなにも優しくて 幸せそうな笑顔は見たことがなかったからだ。 驚いたのは,ユキやケンスケも同じである。 (惣流さんて,こんなにも綺麗だったのね。何てステキな笑顔。碇君も負けていないけど。 本当にお似合いのカップルだわ。) (惣流が,こんなに幸せそうな笑顔を浮かべるなんて,信じられないよ。性格ブス?だっ たらここまでステキな笑顔は出来ないよな。シンジが羨ましいよ。悔しいけど,シンジだ からこそ,惣流もこんな笑顔を浮かべるんだろうな。俺も負けていられないよ。) アスカとシンジの周りは,ほのぼのとした幸せそうな雰囲気に包まれていた。 ***  この二人を,遠くからみつめる目があった。ゲンドウと冬月である。 「碇よ。今のアスカ君の笑顔をみたか?」 「…うむ。」 「あんな幸せそうな笑顔は,初めてみるぞ。これは,ひょっとすると本気かもしれん。」 ゲンドウは,アスカとシンジの婚約が,偽装だと見抜いていた。いくら何でも,ついこの 間まで憎み合っていたのだ。そうそう,愛情が生まれるはずがない。一緒に暮らしている のも,アスカの日本での知り合いがミサトしかいないためだ,そう思っていた。だが,あ んな幸せそうな笑顔が,演技で出来るだろうか。ゲンドウは,迷いを生じていた。 一方,冬月はゲンドウと違い,二人は本気だと考えていた。二人の気持ちを直接聞いたこ とがあるし,アスカがシンジを憎んでいるように見えたのも,周りの誤解だとアスカから 聞いていたからだ。だが,猫を被ったアスカを見抜けないところは,まだまだ冬月も大甘 である。 「…そうかもしれん。」 ゲンドウは,自分が読み違いをしたと思っていた。 ***  さて,もう一方の主役達は,思わぬ攻撃を受けていた。アスカ達が頼まれると必ずキス していたため,ミサト達も同じように頼まれていたのだ。だが,30歳を過ぎた二人が, そうそう人前でキスなど出来ない。ミサトも加持も,顔を引きつらせるしかなかった。 「アスカったら,まさかあそこまでするとは…。あっちゃあ〜。まずったわねえ〜。」 ミサトは,何人かの知り合いに,アスカ達がキスするよう迫るように頼んでいた。そして, 困った二人を見て,からかってやろうと思っていたのだ。 ところが,アスカは,何のためらいもなしに,シンジとキスをしまくったものだから,自 分達にも余波が来てしまったのだ。ミサトは本気で後悔していた。 一方の加持は,もっと悲惨な目に遭っていた。良く考えれば当たり前なのだが,主役4人 のうち,3人までもがドイツ支部にいたのだから,ドイツから大勢の客が来ることは,十 分予想された筈なのだが,加持はすっかり失念していたのだ。 「婚約おめでとうごさいま〜す。」 ドイツ支部の女性達が,ニコニコしながら入れ替わり立ち替わりに,加持に祝福をするの だが,去って行くときに,決まったように加持の足をヒールで思いっきり踏んづけて行く のだ。 それでも,足を踏まれるのはまだ良い方で,よろめいた振りをして抱きつき,鳩尾にエル ボーを食らわせたり,急所蹴りを食らわせたりする者も少なくなかった。ドイツ女性恐る べしと言いたいところだが,本部の女性も数は少ないけれど,同じことをする者がいた。 ミサトが全く気付かないのが,せめてもの救いだったが,加持は本気で今日一日を乗り越 えられるかどうか,心配になった。自業自得とは言え,たまったものではなかった。ニヘ ラ笑いも,限界に近付いていた。 「よう,女性に大人気だな。」 そんな加持の耳に,聞きたくない声が聞こえてきた。振り向くと,金髪で蒼い瞳をした, 筋肉質の男,ジャッジマンが立っていた。背は185位もある。 「ど,どうやってここに…。」 加持は,驚愕した。こんな危険人物が,堂々と本部の中にいるのだ,背筋が寒くなった。 保安部は一体何をしているのかと,恨み言も言いたくなる。加持は身構えたが,ジャッジ マンは両手を広げた。何もしないという意思表示である。 「おいおい,そんな怖い顔をするなって。今日は,本当に祝福しに来ただけなんだ。何も しないさ。信じてくれよ。」 加持は,ジャッジマンの顔を見つめた。どうやら嘘はついていないようだ。ジャッジマン は,駆け引きはするが,嘘をつく男ではないこと位は分かっていた。加持は一安心すると, ふっと肩の力を抜いた。 「分かってくれたか。良かったよ。」 ジャッジマンも肩の力を抜いた。 「良く無事だったな。最近,この町に入るのを邪魔する奴らがいるらしいが。」 加持はジャブを放ったが,ジャッジマンはストレートに返してきた。 「ああ,俺の部下達だからな。」 「一体,何の目的だ。」 加持は険しい顔で睨む。 「まあ,言ってもよかろう。雇い主の意向は,エヴァのパイロット達の保護だ。」 「ふっ。そんな戯言を信じろとでも。」 「信じなくてもいいさ。我々は,ネルフの邪魔にならないようにうまくやるだけさ。一応 言っておくが,お前の彼女も今までに2回狙われたんだぞ。」 「なにっ。」 「ロシアとフランスの組織だ。さらうつもりだったらしいがな。」 「嘘をつくな。」 「ま,どうでもいいさ。一応,証拠らしきものを渡しておくけどな。」 そう言うと,ジャッジマンは懐から1枚のディスクを取り出して,加持に渡した。 「エヴァのパイロットと彼女の生命が惜しかったら,我々の邪魔だけはしないでくれ。」 ジャッジマンは,そう言うと,不敵に笑った。 「分かった,とは言えないが,一応礼だけは言っておこう。」 加持もニヤリと笑う。 「ここだけの話だが,今月中に,レッドアタッカーズがこの町を守りに入る。うまくやっ てくれよ。」 「なにっ。それは,本当か。」 加持も,噂には聞いたことがある,アメリカで最も優秀と言われる傭兵集団だった。ロシ アのスペッナズやアメリカのグリーンベレーなど,政府の支配下にある部隊と同等以上の 実力があると言われる傭兵集団は,世界でも数少ない。 その中でも,レッドアタッカーズは,イギリスのレインボースター,フランスのヴァンテ アン,ドイツのワイルドウルフなどと並ぶ有数の傭兵集団なのだ。同じ人数ならば,グリ ーンベレーすら凌ぐ力があるともとも言われている。とてもじゃないが,そんな連中が来 るなんて信じられなかった。 加持は,さらに問い詰めようとしたが,思わぬ邪魔が入った。 「加持さ〜ん。おめでとうございます。」 シンジの声だった。 「あれ,加持さん,この方はお友達ですか。」 何も知らないシンジは,呑気に聞いてきた。 「ああ,そうさ。古い友達さ。ジャッジマンって言うのさ。」 「あっ,そうですか。僕は,碇シンジです。加持さんの弟みたいなもんです。」 そう言って頭を下げた。それを近くで聞いていたアスカも寄って来た。 「私は,惣流・アスカ・ラングレーです。加持さんの妹みたいなものです。加持さんと仲 良くしてくださいね。お願いします。」 アスカもそう言って,頭を下げた。そして,ユキを呼びつけた。 「森川さん,写真撮って。」 言うが早いか,加持とジャッジマンの腕をつかみ,ユキに何枚か写真を撮らせた。 「あっ,加持さん,もっと笑って下さい。」 加持が笑っていなかったので,ユキは注文をつけた。加持は,覚悟を決めて,ニコリと笑 うしかなかった。 だが,それだけでは終わらなかった。アスカは,トウジも呼んで,チルドレン+加持+ジ ャッジマンの写真を何枚も撮った。あげくの果てに,各チルドレン+加持や,各チルドレ ン+ジャッジマンという写真まで撮ったのだ。 この茶番は,謎の組織の要請で,アスカが仕組んだことであったが,あまりにも自然な流 れだったので,誰一人として,疑問を浮かべる者はいなかった。アスカは,この時のため に,あちこちで同じようなことをしてきたからだ。 リツコやヒカリやマヤは当然として,ゲンドウや冬月なども,有無を言わさずに腕を組ん で,一緒に写真を撮っていたのだ。加持ですら,『全く,アスカの写真好きにも困ったも んだ。』と思った位だ。 後日,ゲンドウと冬月の執務室に,アスカとのツーショットの写真が誰にも気付かれない よう,密かに飾られることになる。この二人との写真は,特別に頬にキスしているところ を写していたからであろう。こっそりと写真を見てニヤニヤしている二人を見た者がいる とかいないとか。 写真撮影が終わると,ジャッジマンは去り際に,笑顔でこう言い残していた。 「お前を撃たなくて,本当に良かったよ。あんないい子達に恨まれるところだったものな。 ま,当分は,仲良くしようぜ。ああそうだ,レッドウルフがいたみたいだぜ。奴の気配が したんだが,気付いていたよな。」 そんな気配を感じなかった加持は,言葉を返すことが出来なかった。 こうして,加持だけ一部女性陣の祝福を受け損なっていたが,ネルフ全員の祝福を受けて, パーティーは12時を回る頃,無事終了した。 (第24話へ)

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―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― あとがき  アスカも,シンジの良い所を少しずつ分かってきたようです。 2002.2.3  written by red-x



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