新世紀エヴァンゲリオン 蒼い瞳のフィアンセ


第21話 紅いドレス


(あれっ,何だか気分が落ち着くわ。どうしてなの。) アスカは,ぼんやりとした頭で考えていた。 「トクン,トクン,トクン…。」 アスカの耳に,規則正しい音が聞こえてくる。 (この音を聞くと,何だか落ち着くわね。何の音かしら。) アスカは,しばらくその音を聞いていたが,ふと,自分がいつもの朝と違う体勢であるこ とに気付いた。シンジの両手が自分の胸ではなくて,背中にある。そして,薄目を開ける と,目の前にシンジの横顔が見える。アスカは,シンジに腕枕をしてもらっていたのだ。 (きゃああっ,恥ずかしい。腕枕をしてもらうなんて。) アスカの顔は赤くなった。しかも,アスカはシンジに抱きつき,足が絡みつくようにして 寝ていたのだ。 (きゃああっ,恥ずかしい。何て格好で寝ていたのかしら。) アスカは,しばらくの間,真っ赤になっていたが,そのうちに我に返った。 (アタシが動くと,シンジが起きるかも。しばらくは,寝た振りでもしてようかしら。で も,それも味気無いわね。仮にも,アタシはシンジのフィアンセになったんだから,フィ アンセらしく,おはようのキスでもしてあげようかしら。) アスカは,そう思いなおすと,シンジにそっとキスをした。 「んんんっ…。」 シンジは,起きたと同時に,アスカに声を掛けてきた。 「アスカ,おはよう。」 「ええ,シンジ,おはよう。」 アスカも明るく返事をする。すると,シンジはアスカを腕に抱えたまま,くるりと半回転 し,アスカの上に覆い被さった。 「アスカ,大好きだよ。」 今度は,シンジの方からキスをしてきた。最初は口,そして頬…と,次々に場所を変えて キスをしてきた。 (シンジったら,調子に乗っちゃって。でも,フィアンセになったんだから,ある程度は 許してあげないといけないのかなあ。あ,でも,今日はみんなが泊まっているから,絶対 にまずいわね。) 「はい,シンジ,今日はそこまでよ。」 アスカは,にっこりと笑いながら,シンジの頭を両手で掴み,優しく引き離した。 ***  今回も何とか,運良く誰にも見つかることなく,アスカ達は起きることが出来た。そし て素早く二人は着替えた。そろそろユキが来る時間だからだ。 「おはようございま〜す。」 案の定,ユキは元気な声で,アスカの部屋に入ってきた。間一髪である。 「おはよう,森川さん。」 「おはよう,ユキ。」 アスカとシンジは,二人同時に返事をする。 「まあ,朝っぱらから,仲のよろしいようで。」 ユキはウインクする。 「ん,もう。今,シンジが起こしに来てくれたのよ。」 アスカは,言い訳するが,今回は通じなかったようだ。 「あっ,惣流さん,下着が脱ぎっぱなしですよ。床に落ちてますよ。」 ユキの言葉に,アスカは平然としていたが,シンジが大慌てとなった。 「えっ,どこにあるの。どこどこ,教えて。」 そう言って,シンジはおろおろした。 (あちゃあ。何もしていないのに,下着なんて落ちているわけ無いでしょうに。) アスカは,頭を抱えそうになったが,ユキはにっこりして言った。 「冗談ですよ。」 それを聞いたシンジは,頭の中が真っ白になった。 「大丈夫ですよ。みんなには黙っていますから。」 ユキは再び微笑んだ。 「ちょ,ちょっと,何誤解してるのよ。ユキが考えるようなことはしてないからね。」 アスカは,慌てて言った。 そうだ。アスカは,シンジの腕枕で寝ていただけなのだ。変な誤解をされてはたまらない。 シンジとの間でも,結婚するまでは最後の一線は超えないことを,昨夜約束したばかりな のだ。 シンジはそれまで,心の中では,淡い期待を抱いていたようなのだが,『アタシ,結婚す るまでは,綺麗な体でいたいの。アタシのことが好きなら,もちろんOKよね。』とアス カがニッコリ笑って言ったものだから,抗える筈が無かった。 それも,シンジからはエッチなことはしてはいけないが,アスカからならば,何でもOK というものだった。一緒に寝るのも,本来はエッチなことと言えなくもないのだが,アス カが望んだから問題無いということなのだ。シンジからすると,蛇の生殺しなのだが,男 のことを良く知らないアスカだからこそ成せるのである。 もっとも,アスカとて鬼ではない。シンジが結婚出来るような年齢になったら,許してあ げるつもりでいた。結婚出来る年齢というのは,万一,子供が出来た場合のことを考えて のことで,20歳位かなとアスカは漠然と考えていた。 だが,シンジに対しては,『アタシは,ミサトやリツコと同じ歳になるまで結婚しないか もね。アタシが好きなら,それまで待ってくれるわよね。』と言って,からかっているの だが。 そう言いつつも,本音では,結婚するかどうかはともかく,シンジがアスカのことを裏切 らなければ,シンジを最初の相手にしよう,その後もシンジに良い相手が見つかるまでは, シンジの相手をしてあげよう,それ位の気持ちにはなっていたのだ。 もちろん,アスカも自分が眠っているときに,シンジが暴発したり,色々あるだろうこと は気付いていたが,それ位は大目に見ることにしていた。だが,起きている限りは,キス までしか許さないということにしたのだ。少なくとも,中学生である限りは。 だから,ユキの誤解は,アスカにとっては,迷惑以外の何者でもなかった。だが…。 「はいはい,分かっていますよ。」 ユキは笑顔のままである。どう考えても,信じていないように見える。アスカは頭を抱え るしかなかった。 「それじゃあ,朝ご飯を作ろうか。」 シンジは,その場を誤魔化す様に,立ち上がろうとした。 「もう,出来てますよ。」 ユキは再びウインクする。 「ホント。じゃあ,食べましょう。」 アスカは,シンジと一緒に,リビングへ移動した。 「おっはよ〜。」 「おはようございます。」 アスカとシンジは同時に朝のあいさつをする。これに対して,みんなは気のないあいさつ を返してきた。みんな,まだ眠いようだ。 「は〜い,みなさん,起きてくださいね。今朝は,おにぎりですよ。早い者勝ちですから ね〜。」 そう言って,ユキはみんなを急かした。 テーブルの上には,色々な種類のおにぎりが並べてあり,味噌汁も人数分あった。コーヒ ーと紅茶も,各自が自由に飲めるよう用意がしてあった。みんな,眠そうな顔をしながら, おにぎりを次々と口に放り込んでいった。 ***  朝食が終わり,コーヒータイムになっても,みんなの顔は,まだ眠そうだった。そのた めか,アスカ達をからかう者はいなかったため,アスカは内心ホッとした。 今朝の話題も,これからどうするのかというものだったが,シンジとトウジはネルフで訓 練を,アスカと加持はネルフで仕事をする必要があり,リツコとミサトはアスカの手伝い をすることになった。このため,残るケンスケ,ヒカリ,ユキの3人が映画の話を進める ことになった。 なお,余談だが,トウジはチルドレンであるため,アスカ達と同じ,コンフォート17に 住むことになり,数日前に引っ越して来ていた。ヒカリは妹と一緒に,ユキの所に当分の 間住むことになった。自然とユキの家には,ユキの妹達,ヒカリの妹,トウジの妹が集い, 一緒に勉強したり,遊んだりして,結構楽しく過ごしていたのだ。 ともあれ,ヒカリ達を残して,アスカ達はネルフへと向かった。 *** 「シンジ,最初に碇司令にあいさつしましょう。」 ネルフに着くなり,アスカが言った。 「ええっ,嫌だなあ。止めようよ。」 シンジは思い切り嫌な顔をしたが,アスカは有無を言わせなかった。 「あのねえ,アタシ達未成年なんだから,親が認めない婚約なんて意味ないのよ。分かっ てるの。」 その言葉に,シンジは首を楯にするしかなかった。 二人してゲンドウに婚約を報告しに行ったところ,そこに居合わせた冬月とともに,意外 そうな顔をしていたが,特に反対は無かった。 「良かろう…。」 ゲンドウは,極めて無愛想ながらも了承した。 だが,冬月はゲンドウとは対照的に,話を聞くなりニコニコし,『おめでとう。』と言っ て二人を励ました。そして,『お祝いをしよう。』と言い出した。 冬月によると,加持の帰還とミサトとの婚約,アスカとシンジの婚約は,ネルフ職員にと って,サードインパクト後に起こった,数少ない明るいニュースなのだそうだ。そして, 職員の士気高揚に大いに貢献することから,1週間後にネルフ関係者のみを集めて,婚約 披露パーティーを開催したいと言うのだ。 「ええっ,婚約披露パーティー!」 アスカは,冬月からパーティーのことを聞いて驚いた。最近は,短い時間なら歩くことが 出来るようになったが,長時間立ち続けることは,まだ出来なかったからだ。それでは, パーティーの楽しみが半減してしまうのだ。ドレスにしても,座ってばかりでは,あまり 映えるものではない。 (それも,1週間後なの〜。) アスカは渋い顔をした。自分が主役なのだから,良いドレスを着たいのだが,今からだと 気に入るドレスを選ぶのに,間に合わないかもしれないからだ。 「大丈夫だよ。アスカは何を着ても綺麗だから。」 シンジがにこやかに言うと,アスカの機嫌は,少しは良くなったようだ。 「えへへへへ。まあね。アタシは何着ても似合うものね。」 「でしょ。だから,今日はドレスを選びに行こうよ。」 「選ぶって,何処へ行くの。」 「う〜ん,良く分からないけど,ドレスを売っている所。デパート以外にはどこで売って いるのかな。」 「まあ,いいわ。とにかく行きましょう。」 こうして,二人はドレスを買い出かけることになった。 ***  ドレス選びは,かなり困難を極めた。本来のアスカなら,何度も試着してから選ぶのだ が,今回は,そうそう試着も出来ないからだ。結局,シンジがドレスをアスカに見せて, 気に入ったものだけ試着するという方法にしたのだが,なかなかアスカの気に入るドレス が見つからなかったのだ。 いったん試着すれば,シンジが褒めちぎれば,アスカも決心が付いたかもしれないが,試 着しないのではどうしようもない。アスカ達は,何軒もお店を回ってへとへとになった。 二人が疲れ果てた頃,あるお店の前に飾ってあったドレスにアスカが目を止めた。それは, アスカの好きな,紅い色を基調としたドレスだった。 肩が露出しており,ちょっと大胆かなと思ったが,胸の小さな人には向かないことも気に 入った。 「ねえ,シンジ。これなんてどうかしら。」 アスカはシンジに尋ねると,シンジも一目で気に入ったようだった。 「ねえ,アスカ。試着してみようよ。」 シンジは,疲れているだろうに,嫌な顔一つせずに付き合っている。以前のシンジなら, 考えられないことなのだが。 そんなシンジの押しもあって,アスカはそのドレスを試着することにした。運の良いこと に,愛想の良い店員で,普通なら『子供に買えるのかしら。』などと言われかねないのだ が,その店員はニコニコしながら,試着を手伝ってくれた。 「どう,似合うかしら。」 アスカが試着した姿を見ても,シンジは何も言わなかった。 「むうっ。何か言いなさいよ。」 アスカが怒ったような声を発すると,シンジは慌てて答えた。 「ご,ごめんよ,アスカ。あまりに綺麗なんで,声も出なかったんだ。」 その瞬間,ポッと音がしたかと思うほど,アスカの顔は真っ赤になった。 「そ,そんなのあったり前でしょ。アタシを誰だと思っているのよ。」 そんなことを言いつつも,内心,アスカは小躍りしていた。 (へへへへへっ。シンジったら,思ったままのことを言っちゃって。このドレスって,そ んなに似合うのかなあ。よしっ,買っちゃえ。) アスカは,良い気分になって,買うことにした。 「あの,これ,いただきたいんですが。」 アスカが店員に言うと,びっくりした顔をしていた。まさか,買うとは思っていなかった のだろう。だが,さすがはプロである。後は事務的にテキパキと進めていく。 「はい,お買い上げありがとうございます。お支払い方法は,いかがいたしましょう。」 「はい,カードでお願いします。」 そう言って,アスカはネルフ発行の写真入りのクレジットカードを差し出した。店員は, 『こんな子供が何故?』と言いたそうな顔を一瞬したが,直ぐにカードを機械に通して, 支払いに問題が無いことを確認すると,一転してにこやかな顔になった。おそらく,彼女 のノルマにとって,大きなプラスになったのだろう。そのドレスは,100万円もしたの だ。 シンジもそうだが,チルドレン達の本来の給料は,ミサトの半分位なのだが,色々な危険 手当によって,かなりの高額になっていた。しかも,生活費はミサト持ちだったため,か なりの蓄えになっていたのだ。 アスカは,ネルフの在籍期間が長いため,優に1億円以上,シンジも,エヴァの搭乗手当 が,1日50万円と高額なため,1年に満たないながらも,3千万円以上の給料が支給さ れていた。 シンジは,エヴァに取り込まれていた33日間だけで,1,650万円もの手当が支給さ れていたのだ。 もっとも,アスカの指輪を買ったため,シンジの蓄えは,何割かが減っていたのに対し, アスカは投資によって,その額を10倍以上に増やしてはいたが。 こうして,アスカは紅いドレスを手に家に帰り,ミサトやリツコに見せびらかした。これ に対して,ミサトが歯噛みし,翌日には加持に泣きついたのは言うまでもない。 (第21.5話へ)

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―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― あとがき  アスカは,シンジとデートですが,デート気分を味わうことなく,疲れ果ててしまいま す。でも,最後にお気に入りのドレスが見つかり,万々歳です。アスカもやっぱり女の子。 パーティーには,気合が入ります。 2002.1.20  written by red-x



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