パタンと戸の閉まる音がした。
彼は、帰ったのね。
眠った振りをしてその場をやり過ごす。これはいつものこと。ねぇ、どうしてこんな事に慣れてしまったのかしら。
欲しかったの。
うん。それは事実。確かに欲しかったのよ。だから頷いた。だけどこんな状態を望んだわけじゃなかった。
ううん。言い訳ね。だって、これ以上なんてない関係じゃない。最初から。
最初…。
何の関係でもなかったわ。友人ですらなかった。ただの知人。
なのに唇を許してしまった。
彼にまったく気がなかったといえば嘘になる。でもそんなつもりなんてまるでなかった。
だけど、掠め取られた唇が熱かった。
ともされた火は、消せなかった。
「な、いいだろ?」
そういった彼を止められなかったのは私。
だって、欲しかったの。その熱に、流されてみたかった。
彼はまた唇を合わせて、私に触れていった。
髪を撫でて、首をなぞって、カーディガンを落とし、肩を撫でて。
歯列をなぞって、舌を絡めて、深く全て飲み込むかのように。
背後の壁に、私はもう逃げられなかった。
ううん。もう逃げる気なんてなかったかもしれない。何もかも忘れて、与えられるものだけに溺れていった。
彼の手が私の胸を包み、ゆっくりと動く。
私は彼の首に回してた手をほどき、広い背中を彷徨う。
長い口づけに酔わされ、ツンと上を向いた胸の頂を軽く転がされる。
「んっ。」
隙間から漏れた声に、少し満足そうな顔がぼんやりと見えた。
慣れた手つきでホックが外されて、無防備な胸に熱い唇が落とされていった。
掴んでみたり、舐めてみたり、リップノイズをたててみたり。
緩慢な刺激に少し思考がクリアになる。
そんな弱い刺激じゃ感じない。少し痛いくらいがいいの。ちょっとくらい血が滲んだって良い!
でもそんな事言えない。
まだ…だめ。心のどこかにブレーキがかかってる。まだ時は満ちてないと。
そんな事を考えているうちに、誘われたベッドの上で邪魔そうにぽいぽいと脱がされていく。
積極的にではないけど、脱がせやすいように少しくらいは動いてやる。その先を望んでないわけじゃないから。でも、積極的なのもなにか違う気がするから。
「電気…消して。」
一糸纏わぬ姿で膝を割られそうになったので慌てて止めた。
電気は…やっぱり消して欲しい。
だって、最初っから明るいところでなんてさすがに恥ずかしすぎるから。恥らうのがキャラじゃないとか、そんなことどうでもいい。
しぶしぶ電気を消して戻ってきた彼に、また強引に唇を奪われる。
唇と一緒に思考も奪われていく。
上手なのかどうかは微妙なところだけど、彼の執拗な口づけには思考が奪われる。ぼんやりと なんて長いんだろう ぐらいしか考えられない。
胸への愛撫もそこそこに、彼の興味は下降していく。
全然足りない。でもそんなこと言わない。やっぱり、まだ言えない。
同じようにツンと上を向いた突起を撫でられて、全身が震える。
頭のてっぺんから抜けていくような声が、自分の声じゃないみたいと思ったのはいつの頃だろうか。もうそんな自分はどこかへ逝ってしまった。
私の反応に気を良くした彼は執拗に攻める。私は跳ねる身体を止められない。ううん。止める気もないのかもしれない。
入り口の周りを撫でられるといやらしい水音がする。
水音が立つたびに、お前はこんなにいやらしいんだといわれている気になってくる。それを気にすることもできなくなっていくのだけれど。
身体の震えから開放されると、ぼんやりと目を開けた。
視界には真顔の彼。さっきまで私を震えさせていた右手の指を、一本、また一本と舐めていく。私に見せつけるように。
見てられなくて顔を逸らすと、彼がふっと笑った気配がした。
膝を掴まれたかと思うと、抵抗するまもなく大きく割られた。力で敵うわけもなく手で顔を覆うことしか出来ない。
彼の視線がジンジンと刺さる。
本当に何かがたくさん当たっているかのような感覚に、私のいやらしいソコは蜜を溢れさせる。視線だけでもうどろどろに溶けてしまいそうになってるのがわかる。
空気に変化を感じた。
否、違和感よりも先にくちゅりという水音が聞こえたかもしれない。
彼の舌がまた私の蜜を舐める。今度は指からじゃなくて直接。
全部舐めとる勢いで舐り、わざと音を立てて啜る。それでも枯れる事なく湧き続ける。あさましい私。
私の上げる声と彼の立てる水音だけが部屋に響き渡る。
ぼんやりと隣人に申し訳ないなぁなどという思いがよぎるが、それも一瞬しか続かない。
顔を上げた彼が、自分の口の周りを舌で拭う。手でもう一度拭った姿が少しセクシーだと思った。
手を伸ばして私を呼ぶ。
「交代。」
私は導かれるままに起き上がる。唇をそっと合わせて、喉元に食らいつき、胸に舌を這わせ、腹をくすぐる。
従順な私は促されるままに彼自身に口づけ、舌を這わせる。
左手は体を支えて、右手は内腿を弄る。焦らすように足を舐めると彼が震える。
少し主導権を握ったような気になる。でもそれはきっと気のせい。
舌先ですこし突いてやると、ひくりと震え蜜を零す。
余裕のない声に言われるまま咥内に導きいれる。少し口をすぼめてみたり、舌を使うと、彼は優しく髪を梳いてくれた。
歯を立てないように。きつ過ぎないように。ただ、彼の反応だけを頼りに。
次第に体を支える左手が痛みだす。そっと口を放して今度は右手を着く。
再び唇を這わせる。邪魔な髪をかきあげ、彼の顔を見上げたりしながら、猫のように舌を伸ばして舐めていく。
ふぅ…と息をつくと、彼の大きな手が頭に乗せられたから視線を上げた。
「お疲れ様。」
すこし掠れた声で彼が言った。頭に乗せられた手は、優しく髪を撫でてくれた。
こんな仕草に愛しさを感じてしまう。その場限りだとはわかっていても。
私の肩を押してベッドに転がす。少しぼぉっとしていると、準備を終えた彼が戻ってきて、再び私の膝に手をかける。
「いいか?」
何度か口づけてから、私の顔を覗き込むようにして尋ねた。
頷くだけの返事を返して、私は彼を待つ。
少し触れただけでぞくぞくした快感がはしる。それ以上を期待して余計ぞくぞくするのかもしれない。
ゆっくりと押し広げられる感覚に、溜息のような喘ぎ声をあげる。
私の声と、彼の満足そうな溜息が重なる。
軋むような少しの痛みを吐き出すように声をあげる。耳に届くのはいつもの喘ぎ声。この痛みに、きっと彼は気づかない。
求められるままに上に下にとなり、もっともっとと強請るように腰を振る。あさましい私の本能が引きずり出されていくのに、抵抗も失われていった。
許しを請われ、いいよ。と答えた。
私自身は満たされてなかったけれど、私は彼を許してしまう。
こんなときだけでなく、いつもそう。私は請われるままに彼を許してしまう。自分が満たされてなくても。
私の中から這い出す感触に、また溜め息のような喘ぎ声がもれる。
逃したことを惜しむような溜め息に満たされない自分を少し憐れんだ。
緩慢な動きで私の元を離れていく彼。あまり放っておけないのもわかっているけれど、もう少しそばにいて欲しかった。
ふふ。そんな思いを持つのもおかしな事よね。なんて、自嘲気味な笑みが浮かぶ。
後始末を終えた彼が戻ってくる。
ぼんやりとしていた私に辺りにぽつぽつと散らばっていた衣服を寄越した。
私はのろのろとそれを身に付け、またぼんやりとベッドに転がった。
彼もまた、その隣にごろんと転がり一分もたたないうちに寝息を立て始める。
私も、気づけば初めての気だるい微睡みに身を委ねていた。
翌朝、そこにはもう彼がいないことも知らずに。
一度崩れた関係なんて、そう簡単に元に戻るものなんかじゃない。一度越えた一線は、もう戻れない。
同じ夜を繰り返すたびに思い知る。
彼のいなくなった部屋で、そっとベッドから起きだす。今夜も、もう眠れそうにないから。
カウンターの上にぽつんとあるコーヒーメーカーに仕事を与えて、ぼんやりと窓を見た。
カーテンの隙間がほんのりと明るくなってきた気がする。もう、夜明けだろうか?
部屋に香ばしいコーヒーのにおいが漂い始める。
ぼんやりと、どのくらい窓を眺めていただろうか。カーテンの隙間の光はいつのまにか柔らかい日差しに変わっている。
ゆっくりと動き出し、コーヒーをカップに注ぐ。
まだ、腰がだるい。
このだるさだけが、さっきまで彼がここにいたことを幻でないと知らせてくれる。
そっと唇に触れた熱が、少し思考をクリアにしてくれた。
ねぇ、コーヒーってこんなに苦かったっけ?
(終)
≪あとがき…という名の叫び≫
皆様お久しぶりでございます。新シリーズ?って感じですね。しかし、この二人名前すら出てません。身体的特徴すら出てません。性格がかろうじて窺える程度ですか?あれ?何が書かれてるんですかねぇ?何ってナニですよ(爆)すいませんごめんなさいもう言いません。
っていうか、トレース?(苦笑)いやいやいや。そんなことないですよー。そのまんまトレースとか私性活丸出し過ぎて羞恥プレイどころか周知プレイてかそこまでオープンにはなれませんって。と、ここで弁明しておかないと多大な誤解を多方面に与えそうなので。
別に私生活丸出しではありませんが、楽しんでいただければ幸い。でも全然ハッピーエンドじゃないね、コレ。あはは〜。
ではでは、また次の作品でお会いしましょう〜♪
田植えの始まる頃 響万音参る。 200606110332
|