1章5話
魔獣。それは人に非ず、獣に非ず。
それは高い知能をもち、人語を解するものもあり。
時としてそれは人型をとり人を騙し、食らう。
時としてそれは人に同情し、人を助ける。
と、まぁ。早い話が、カイトさんとはぐれて出会ったのが魔獣なわけで。
「は、あはは。コンニチハ。」
「ぐるぅ…。…美味そうな女だ。」
「う、うまっ!?いやいやいやいやっ決して美味しくないですよ!
ほらもうお肌の曲がり角ですし、最近運動しすぎて筋肉質ですし…っ!!」
私があたふたといかに自分が美味しくないかをレクチャーしていると、目の前の魔獣がニタリと唇を引き上げ、口を開いた。
「それは、食ってから評価してやろう」
やっぱりか。やっぱりこうなるのか。
顔を引きつらせながら身を翻した私は、元来た(と思われる)道を一目散に戻りはじめた。
「ふぅむ。鬼ごっこも悪くなかろぅ…」
魔獣がその顎をさすりながら愉快そうにつぶやいたのを、私は聞くことが出来なかった。
聞こえていたところで、私にはどうしようもなかったのだろうけど。
「っはぁ。…はぁっ。追い掛けて…来ない?」
後ろからの足音が聞こえないことを不審に思った私は、後ろを振り替えって追ってきているはずの魔獣を目で探した。
「こっちだよお嬢さん」
直後、背後で聞こえた声に反射的に飛びのき、それの爪を避ける。
頬にうっすらと滲む血を手の甲で拭い、魔獣と対峙する。
足で勝てないのなら、これ以上走って体力を消耗すべきではない。
「鬼ごっこはもぅ終わりかぇ?」
「逃げても追い付かれるみたいだし、ね。」
「そうかそうか。では、おとなしく我に食われるがよい」
またしても伸びてきた腕を避ける。
半月程度とは言え、カイトさんに鍛えてもらっていたのは無駄ではないようで、以前の私なら避けれていないであろう攻撃も、辛うじて避けることが出来た。
「おとなしゅう食われや!!」
魔獣がいささかイラついた声で叫び、連続で攻撃を仕掛けてくる。
――いいか。相手の攻撃を見るんだ
――目を逸らしてはいけない。動きを見て予想するんだ
カイトさんが言っていたことが脳裏に甦り、私の体を動かす。
避け切れた。そう思って気を抜いた瞬間に、頭に向かって伸びてくる何かが視界に入った。
――避けられないときは、何があっても急所を守れ
とっさに頭を守るために突き出した手が引き裂かれる感触を感じながら、吸収しきれなかった衝撃で体が吹き飛び、近くの木に体を強打する。
「…かはっ」
必死に痛みを訴える体を引きずるように立ち上がり、魔獣を睨み付ける。
魔獣は嫌な笑みを浮かべたまま、私の恐怖を煽るためにゆっくりと近付き、腕を振り上げた。
こんなところで…死ぬんだろうか。
まだ、何もしていないというのに。
私がこの世界にいることの意味すら見つけていないのに。
そんなの…
そんなの…嫌
私は…まだ死ねない!!!!
まさに、それの腕が振り下ろされんとする瞬間、真っ白な光が、爆発した。