1章3話










なんだかんだ言いながら結局面倒見のいいカイトさんは、あれから私にあれこれと世話を焼いてくれている。

ハンターの世界と知ってからの私の行動も素早かった。命がかかっているのだから。

まず最初にしなければいけないのは、この世界の言語、ハンター語のマスターだろう。

情報を得ようとするなら文字が読めないと話にならない。

情報をいち早く手に入れ、危険を回避するのだ。




と、言うわけで。

私はカイトさんに子供が使うような読み書きの本を買ってきてもらった。

その本の名前は『3歳からのやさしいハンター語』らしい。(読めないから読んでもらった)

可愛いイラスト付きで、子供が喜びそうだ。



「…っぷ、くくく」



あのカイトさんがこの本を持ってレジに並んだのだ。

物凄い違和感を醸し出していたに違いない。

私はそんな失礼なことを妄想しながら笑っていた。

それがカイトさんの気に障ったらしく、本を取り上げようと手を伸ばしてきた。



「いらないなら返せっ!」

「いやですー。ありがとうございます、カイトさん。」



まだくすくす笑いながらお礼を言うと、呆れたようなため息を吐きながらどういたしまして。と返してくれた。



「ため息ついたら、幸せが逃げますよ?」

「誰が、ため息つかせてると思ってるんだ…」

「間違いなく、私ですねぇ」

「わかってるならやめてくれ…」



ニコニコ笑いながら言う私にゲンナリとして、私の手に握られていた本を取り、1ページ目を開いて私に鉛筆を持たせた。



「鉛筆…シャープペンとかないんですか。」

「その本にはお似合いだろう?」



したり顔でそう言ってくるカイトさん。

やり返された…。カイトさんはMっぽいのになぁ。

やり返せたことに満足そうなカイトさんは私の隣に座り、一つずつ文字を指差しながら教えてくれる。

やばい。カワイイ…。

年上にカワイイはないだろうが。でも可愛いものは可愛いのだ。

などと心の中の天使と悪魔が殴りあいしているのを無視して、私とカイトさんのハンター語講座は幕をあけたのだった。










「これはなんていう字かわかるか?」

「ら!」

「……ま、だ。」

「……ま!」

「答えを聞いてから言いなおすな…。じゃあこれは?」

「それはわかる!く、でしょ!」

「つ、だ。」




む、難しい…規則性はあるけども。なんだこの字は。これはもうすでに記号だろう。

大体50音でこんなに複雑な形を作るのがいけない。



「むぅ…」



予想以上の難しさに唇をとがらせていると、カイトさんは私の頭をぽんぽんとなだめるように叩いた。



「最初から全部覚えようとしなくてもいい。ゆっくり覚えていけ。じゃあ少し休憩するか。」

「…はぁい。」



返事をしながらも、自分なりにまとめたノートとカイトさんがくれた本を睨み、ぶつぶつ言いながら覚える。

思うように進まない言語習得にイライラする。

これからのことを考えると恐すぎて無性に泣きたくなる。

こんなところで立ち止まってはいけないのだ。

戸籍のない私がこの世界で生きていきながら帰る方法を見つけるためにはハンターライセンスがあったほうがいい。

そのためには念も覚えないといけないし、体術も鍛えなければいけない。



「こんなところで…立ち止まれないのよ…。」

「大丈夫だ。お前は立ち止まってなんかいない。だからあまり根を詰めるな。精神が参ってしまったら身も蓋もないだろう?」



カイトさんはそういいながら私の前に湯気のあがっているコーヒーを差し出してきた。

カイトさんの言うことはもちろんわかるのだけど、心が納得してくれない。



「…ありがとうございます」



カップを受け取ってコーヒーを少しだけ口に含む。



「…あまい」



あまりの甘さに眉をしかめるとカイトさんがニヤリと笑う。



「疲れと悩みがぶっ飛ぶだろう?」

「そうですね。でもこれはやりすぎですよ」



文句を言った後、覚悟を決めて一気に飲み干す。

せっかくの好意を無下にはできない。



「くぁーまずい!もう一杯!」

「何だそれは。」



笑いながら私からコップを受け取り、二杯目を淹れてくれる。

次に受け取ったコーヒーは、甘くなくてわたし好みの味だった。



「おいしい…」



カイトさんの優しさと、コーヒーの美味しさに酔いしれていると、カイトさんが口を開いた。



「じゃあ。一週間後にハンター語のテストな。間違い1問につき腕立て腹筋、スクワット200回ずつな。」

「お、鬼ーーーーーーーーっ!」

「文字も覚えれて、体も鍛えれる。まさに一石二鳥じゃないか」



HAHAHA!などといかにもな笑い声を上げながら自分の部屋に去っていくカイトさん。

最近キャラが壊れているような…って。そんな場合じゃない。



「死ぬ気で覚えなきゃ…。筋肉痛で死ぬっ!」








本気になった私は、1週間後、見事にハンター語をマスターしたのだった。

1問ミスして泣く泣くメニューをこなしたのは秘密である。









次の日、「そろそろ旅に出るか」と言ってきたカイトさんの言葉で初めて、カイトさんがわざわざ私のために町に留まってくれていたことを知った。



ありがとうございます。と、何度お礼を言っても足りないぐらい、私は貴方に助けられています。

だから私は、決して貴方にあんな死なせ方はさせない。

あれが運命というのなら、私は神に刃を向けよう。





それはきっと私がここにいる、唯一の存在意義。



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