第1章2話











私は今、猛烈に怒られている。

なので自主的に正座中である。



「お前!何を考えてるんだっ!!戦いの術(すべ)も知らないやつが繁殖期のこのジャングルに一人で入り込んで無事でいられるわけがないだろうっ!!」

「おっしゃる通りです…ハイ。」

「あいつは酷く凶暴なことで有名なイソグロウルフだぞっ!?群れている時でなかったから良かったものの、次にこういうことをしたら命はないと思え!大体…っ…!!」



相当頭に血が上っているのか、好き勝手におっしゃってくださる相手と目を合わせないようにしつつ、小さくため息をつく。

大体、私だって好きでここに来たわけじゃないし(むしろウサギにしてやられた感満載だ。)、あんな危険なやつとは出来れば関係もちたくない。

それを…ぐちぐちぐちぐち姑のように怒られては、散々追いかけられて命からがら逃げ切った私としては、23年の人生で培った我慢強さも、そろそろ限界だ。



「大体力を持たない女の身でこんなジャングルに入って何ができるっ!!」





ブチリ。

助けてくれたから、とか、初対面の人に切れるのも大人げないからなどと、かろうじて保っていた私の理性の緒が、引きちぎれる音がした。





「ざっけんじゃねぇよ…」

「……っなんだ?」

「……こちとら好きでこんなところにいるんじゃないんだっつの!それをぐちぐちぐちぐちっ!!お前は新婚息子夫婦に嫉妬する姑かゴルァッ!!!」

「なっ…」

「女の身で何ができるぅ?こっちだってあるもの全部有効利用して生きるか死ぬかの状況打破したんだよ!最初から力を持っててどうとでも出来るやつに、言われる筋合いはないね!」



絶句している相手をよそに、言いたいことを言い終えてスッキリした私は、あがった息を整えつつ正座から胡坐へと姿勢を変更した。

改めて相手の顔を見る。今は驚きのあまりおかしな顔をしているが…おっと失礼。失言です。

ちゃんとした表情をしていれば格好いいといえるのではないか。

むしろ、なぜか…知っている…ような…??



「でじゃぶー?」



首をかしげながら呟く。

私のつぶやきが聞こえたのか、ごほんと咳払いをし、気を取り直して私に説教を始める彼。

今度は幾分優しめである。うむ。いいことだ。

でも私の知っている人ではないだろう。だって漫画の中の人だもの。

きっと他人の空似というやつだろう。



「とにかく、この時期のジャングル、特にこのジャングルは危険なんだ。一人でうろついていい場所じゃない。」

「へい。すみません。でもこれ、不可抗力なんですよねぇ。」

「さっきの『好きでこんなところに来たんじゃない』云々か。」

「そうなんですよねぇ…気づいたらここにいたんですよ」



私の話を聞いてふむ。などと言いながら考えている。

この人がいるなら水の心配はないだろう。と思い、私はカバンを漁ってミネラルウォーターで喉をうるおす。

あぁ。生き返る…。



「人さらいに遭った、ということか?」

「いや…ウサギ追いかけててさ。気づいたらココだったわけ。」

「…ウ?」

「ウサギ。しかもショッキングピンクでふぁっきんなウサギね。まぁ信じられないのはわかるけど。ちょっと聞いてよ。私の話。」



私はこの男の人を仲間にするため、洗いざらいすべて話した。

今は頼れる人が必要だ。生活の補助をしてくれそうな人が。

このチャンス、逃がすものか。この人、押しに弱そうだし。

などという私の物騒な思惑は露知らず、彼は真剣な表情で私の話を聞いてくれる。

一番困ったのは、私が異世界から飛んできたのではないかという仮定を証明することだったが、私の手帳に書かれた文字や、食べ物、その他モロモロを見て納得してくれた。











「なるほど。ではお前はそのウサギを追いかけているうちにこのジャングル、いや。この世界に迷い込んでしまった…ということか。」

「信じたくないけど、そうみたいですねぇ。」

「にわかには信じられないが…そうとしか考えられないな。」



先ほどよりも難しい顔をして考え込んでしまった彼を横目で見つつ、チョコレートを食べる。



「それで、これからどうするつもり…って。お前…呑気だな。」



…おなかすいたんだもん。腹が減ってはなんとやらだ。

もぐもぐやっていたチョコレートを嚥下し、彼と目を合わす。



「いやぁ。もう何が起こっても驚きませんよハハハ。」

「そう…だな。」



悟ったようにそう言うと、同情したような表情になる彼。

どうやら同情を誘うことには成功したようである。

あと一押しである。頑張れ私!



「で、どうするんだ?これから。」

「貴方についていきます。」

「……は?」



聞こえなかったようだ。これだけは同意してもらわないと困るのだから、何度でも言わないとね。

私は数年のバイトと、数か月の社会人生活で培った営業スマイルで彼を追い詰める。



「ついていきます」

「ちょ、ちょっとまて。俺は旅をしていて、危険な場所もあるんだ。お前のような素人を連れていくわけに…」

「ついていきます。それともなんですか。行くあてもない哀れな私を、異世界の街に放り出すんですか?」

「いや…そういうわけじゃ…」



悲しそうにうつむいて落ち込んだ振りをした私に、あわてて否定する彼。

私はさらに追い打ちをかける。



「私には、貴方しか頼れる人はいないんです。料理もできますし、雑用程度ならできます。それでも…だめですか?」



目を潤ませながら問う私。もちろん演技である。

女って恐ろしい生き物なのよ。覚えておくといいわ。



「いや…だがしかし…っ」



頭を抱えて苦悩し始めた彼がチラリとこちらを見た瞬間にポロリと涙をこぼす。

私ってば女優になれるかもしれない。

私の涙を見た瞬間、ウガーっと帽子をとり、頭をグシャグシャにした彼は、私の望む答えを口にした。



「あーーーーーーーーーーっ!!分かった!分かったから泣くな!俺と一緒に旅しているときは何があっても泣くんじゃないぞ!?」

「それはもちろん。申し遅れました。私、…あこちらではかな…?と申します。よろしくお願いします」



そう言って先ほどの涙の影すらない笑顔でそういう。

彼は騙された…という表情でしぶしぶ私の出した手を握り返した。



「カイトだ。」



彼の口から出たその名前に、笑顔がピシリと固まったのはいうまでもない。







まさか…ここがH×Hの世界だなんて…。

よりにもよって…住むには危険度S級のH×Hの世界だなんて…。

自分の不幸体質を呪わずにはいられないであった。





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後書き

やっと出てきました。
ヒロインが一番最初に出会うのはカイトさんでしたー。

2007.9/17 管理人@紅牡丹

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