1章1話
死ぬ!絶対死ぬ!!!
「嗚呼神様。私のどこがいけなかったというのですか。
そりゃ小さいころ、お供え物を黙って食べたり、線香ひと束にまとめて火をつけて火を消さないまま供えて神棚を焦がしかけたり、かくれんぼに使ったり…してたけども!最近はそれもなくて、ちゃんとお供え物は一言断ってから食べてるし
、線香は一本ずつ供えてるし、かくれんぼなんてしなくなったじゃないですか。
それなのになんで、なんでこんなことに!!」
自業自得ではないかと思えるようなことを次々とカミングアウトしつつ、は走り続ける。
後ろからは巨体をゆっさゆっさと揺らしながら怪物が追いかけてくる。
かれこれ2時間ぐらい全力疾走しているのではないだろうか。
フルマラソン並である。
の体力も限界に近づいているが、ゼエゼエと荒い息を繰り返しながら必死に走る。
怪物などと戦ったことすらないが立ち止まれば、そこにあるのはすなわち、死という一文字だけであろうから。
「ぐぅ…っ、も、まじ無理っ…!」
は後ろを確認しながら障害物競争よりも障害物の多いジャングルで、どこか隠れる場所がないか探す。
一瞬でも休めれば…。……立ち止まったらもう動けないような疲労度のような気もするが。
そんなことを思いつつ、必死に走っていると岩肌にちょうど人が入れそうな亀裂が入っているのを発見した。
あの巨体怪獣は入れそうにない。体も、もう限界だ。出れなくなろうがなんだろうが、今すぐ死ぬよりいいだろう。
そう判断したは一直線にその亀裂に走り、その中に入り込んだ。
どうか。深い亀裂でありますように!
そう祈りながら飛び込んだのが功を奏したのか、その亀裂の内部は適度に広い空間を保っており、奥にはまだ亀裂が続いていた。
「はぁっ、はぁっ…。死ぬかと…思った…ぁ」
安堵の息をつきながら、怪物の爪が届かないように奥のほうに座り込む。
ぐぉぉぉぉっと悔しそうに腕を入れて振りまわしている怪物を見ながら息を整える。
ヒューヒューと不快な音を立てて酸素を供給しようとする喉に痛さを覚えて、カバンの中を漁る。
確か、ミネラルウォーターが入っていたはず。
ガサガサとかき回していると指の先にペットボトルの感触が触れ、それを引き出して一口飲んだ。
本当はもっと飲みたいが、何日ここにいるかわからない以上大量には飲めない。
残りの水は約600ml。計算して飲まなくては…。
「あと、何かなかったかな…」
カバンをさかさまにして中身をすべて出す。
出てきたのは化粧道具一式にチョコレート、飴などのお菓子数個、買ったばかりの漫画とコンビニのビニール袋、携帯電話、手帳。
「あとは…ハンカチとティッシュとライター、タバコに弁当箱…か」
役に立ちそうなものと役に立ちそうにないものを分けていく。
役に立ちそうなものは食糧、水、コンビニ袋にライター、弁当箱。携帯のライト機能ぐらいか。
「当然携帯は圏外…ね。」
役に立たなさそうなものを奥に入れ、役に立ちそうなものを取り出しやすいように鞄に入れる。
はぁっと深くため息をつき、膝を抱える。
「どうして…。こんなことに…」
流れる涙に、嗚呼…貴重な水分が…などと思いながら、静かに神と仏を呪った。
何分程度そうしていたのだろうか、いらついた怪物の声で私はゆっくりと顔を上げた。
人間、泣けば気分が上昇するらしい。
心身ともに幾分落ち着いた私はなんとなく自分の姿が気になって化粧ポーチを開き、鏡で自分を確認する。
「うわっ…ひっど。」
即座に便利なクレンジングシートで化粧を落としたのはいうまでもない。
化粧道具をしまおうとしてふと香水と制汗スプレーに目がとまる。
確か…犬のような嗅覚のすぐれた動物は、香水みたいな匂いのきついものが大の苦手ではなかっただろうか。
外で暴れている怪物に視線を向ける。
………うん。犬系の動物に見えないことはない。
涎をダラダラと流しながら血走った眼でこちらを見ている怪物から目をそらす。
少なくとも最初に私の匂いを嗅ぎつけて、私の前に現れたのだから、相当嗅覚は鋭いはずだ。
試してみる価値はあるだろう。
私は立ち上がってソロリソロリと移動し、ギリギリ奴の爪が届かない位置まで移動した。
なんとか噛みつこうとこちらに思いっきり顔を突っ込んできた瞬間を狙って、私は必殺技を繰り出した。
「必殺!!悩殺スプレー!!!!」
「ぐぎゃううううう!?」
香水を思いっきり鼻にかけられて、悶絶しながら必死に前脚で鼻をこする犬もどき怪物。
だがしかし!そこで勘弁してやるほど私は優しくないのだ!!
香水をポケットにしまい、制汗スプレーとライターを取り出しかまえる。
「喰らえっ!火炎放射!!!」
シュボオオオオーっ!
「ギャインッ!」
思った以上に勢い良く放射された炎に直撃した犬もどき怪物は炎に恐れをなしたのか、私を餌にすることを諦め、逃げ出そうとした。
が、直後、何かが衝突する音と、重いものがドサリと倒れる音が聞こえた。
「……さっきの…死ぬほどじゃないよね?」
死んでしまったとしたら後味が悪いじゃないか。
などと思いながら様子を見ようと恐る恐る顔を出そうとした私の前に、影が覆いかぶさった。
の身に次に起こるは天佑か、それとも不幸か。