マスターと俺達は、確かに望まれて生まれてきた。


でもそこにあるのは愛情ではない。


必要とされたのはその高い身体能力と頭脳、そして忠実さだけだった。











貴女に忠誠を4
(We swear loyalty to you)










とある学校の屋上でのんびりした声が聞こえてきた。



「こちら異常なし〜。」


『そうか。引き続き警戒を怠らないでください。…滋郎さん。絶対に寝ないでくださいね?』


「それぐらいわかってるC〜。」



滋郎は自分が守らなければならないクライアントの息子が見える位置からぼんやりとそいつを見つめていた。



(流石に寝ないし…。俺なんか信用ない…?それにしても、息子さんの名前なんていってたかなぁ…確か…浩二だったっけ?)



「あいつ漫画読んでる…。俺なら漫画読むより寝るC〜」



滋郎が呆れたようにトランシーバーのむこうにいる比呂士に伝えると、トランシーバー越しに比呂士が苦笑したのが分かった。



『まぁ、あの年頃の男の子なら少なからずそういうことをするんじゃないでしょうか?しかし滋郎さん、貴方はどこから見てるんですか…?』


「んー?…屋上?」


『景吾さんは?学校の監視カメラに映らないように動くのはいいのですが連絡が取れなくて困ってるんですよ』



比呂士にそういわれた滋郎は屋上からちょっと身体を乗り出して屋上から見える限りの範囲の校舎をくまなく見渡した。



「見える範囲にはいないみたいだよ。多分浩二…だっけ?の近くにはいると思う〜…」


『滋郎さんの視力で見落とすなんてありえませんからその確率が高いですね。ありがとうございました』


『滋郎、比呂士。異常はなさそうかしら?』



やる気なさげに返事をした滋郎は、突然割り込んできた声にがばっと身を起すと嬉しそうにトランシーバを掲げてその声の主に話しかけた…――――――
















『うんうん!異常なしだよ!!俺がついてるんだから無事に決まってるC〜♪』



私は聞こえてきた声の主の元気さに苦笑し、ビルの屋上から見える会長の周辺に油断なく目を配りながらも声の主に答えた。



「そう。それは良かったわ。疲れるでしょうけど頑張ってね。…比呂士もご苦労様。監視カメラに異常があったらすぐに教えてね。」


『ご主人様も疲れてるのに頑張ってるんだから俺も頑張る!!!』


『はい。異常を見つけたらすぐにお知らせします』



そういってきた二人に「よろしくね」と念を押してそちらとの通信を切り、もう一方に連絡を取るべく周波数を合わせた。



(やっぱり作っておいて良かったわ。携帯とか既製のトランシーバだと盗聴されるかもしれないからね…。)



そう、皆が使っているトランシーバは私が暇な時に遊びながら作ったものだ。私だけが作ったのではなく皆で作ったのだけど…。超小型で二つの部品に分かれており、受信部は耳に付け、こちらの声を送る部分はどこにでも付けられる高機能なトランシーバである。私達がお互いに持っているトランシーバでなければ電波を受信できない作りになっている。



(流石に設計に時間がかかったけどね…。)



私はあの時の苦労を思い出して一瞬眉をしかめ、ザーという音が聞こえてくるトランシーバに向かって話しかけた。



「精市、侑士。聞こえる?」



すると数秒後にはそれぞれ返事が聞こえてきた。



『…はい。聞こえます。』


『聞こえとるで〜♪』


「異常は?」


『今のところありません。仁王もちゃんと監視カメラに映らないように動いてるみたいです』


『俺はちゃんと会長を狙える場所の監視しとるから安心してや。』



それぞれが私の聞きたかったことをあまりにも的確に答えてくれたのでクスリと笑って話しかけた。



「的確に答えてくれてありがとう。助かるわ。」


『いえ。様の意を汲み取って動くのも僕達の役目ですから。それでは僕は引き続き監視と犯人の絞込みに戻りますね。御用がありましたら連絡ください。』


「ええ。頑張ってね」



私が精市にそういうと、精市は少し心配そうに、



様こそ、くれぐれもご無理はなさらないでください。せっかく侑士がフリーなんですから、1,2時間任せて仮眠を取ってくださいね。』



といってから通信を切ってきた。



(みんな過保護なのよねぇ…。疲れてるのはみんな同じでしょうに。)



私が苦笑しながらトランシーバを見つめていると、私がいるビルの屋上に続いている階段のはるか下から階段を上ってくる音が聞こえてきて、私は警戒してその音に集中した。



(………この足音は侑士ね。わざと足音立てて私に分かるようにしてるし。まあ、足音立てずに屋上まで来たら扉を開けた瞬間命が危うくなるかもしれないものね…。)



そう、私たちは足音を立てずに背後に近寄る者があれば無条件で攻撃するように訓練されているのだ。私は『ファミリー』なら足音がなくても気配で分かるから攻撃したりはしないけれど。



「雅治、聞こえてる?」


『聞こえとるぜよ』


「侑士が『抜けた』からそのぶんも警戒よろしくね。」


『まかせときんしゃい。それよりサン、そこは侑士に任せて仮眠とったらええぜよ。』


「……ハァ。…みんな、過保護すぎるわよ?」


『そんなことなか。サンはこの3日間ほとんど寝てないじゃろ?俺らは少なくとも3時間は寝とる。サンも休むべきぜよ。』



トランシーバ越しにため息をつきながらそういってくる雅治に正論を突かれて黙っていると、屋上の入り口の扉が開いてそこから侑士が出てきた。



「そうやで〜。さんは休むべきや!俺がちゃんと見張っとくから比呂士と精市のおるワゴンに戻って一眠りして来たほうがええで?」


「……わかったわ。それじゃ、2時間ほどお願いするわね」


「大船に乗ったつもりで居ってや!」


「侑士、くれぐれもよろしく頼むわよ?……雅治も、心配してくれてありがとう。」


『どういたしまして。…ゆっくり寝んしゃい』



私はその言葉を聞いてトランシーバに微笑みかけながらも通信を切って、屋上から降りるために荷物の中から150メートルくらいの細いワイヤーを出した。私の動作を見て私が何をしようとしているか悟った侑士は苦笑しながら私に話しかけてきた。



「……さん。横着やなぁ。それで下まで降りるん?」


「使えるものを使える時に使わないともったいないでしょ?」


「…まあええけど。間違って落ちたり……せんやろなぁ絶対。でも気ぃつけてや?」



私はビルの屋上の鉄柵にフックを引っ掛け、100メートルぐらいあるビルの端っこに立ったまま侑士に振り返ってにっこりと笑って言った。



「…私を誰だと思ってるの?」


「愚問やったな。ほな、ええ夢見るんやで〜。」



そういって手を振ってきた侑士に手を振り返し、私は特殊な手袋でワイヤーを握り締め…………ビルの屋上からそのまま空中へと身体を躍らせた。




ビルに当たって吹き上げてくる風に髪をなびかせ、ワイヤーの握り具合でスピードを調節しながら私はどんどん近づいてくる地面を見つめていた。



(そろそろ…かな?)



私は残り5メートルというところになると片手で握っていたワイヤーを両手で強く握り落下スピードを緩め、その反動でビルの壁に当たりそうになる力が働くのを壁を蹴ることでやり過ごすと手からワイヤーをはなしてトンッと軽く着地した。



「…使い心地はまぁまぁね。」



キュン



一度緩めたワイヤーを強く引っ張ると、使い方に書いてあったとおりワイヤーが元の容器に勢い良く戻ってきた。



カシャンッ



(…これは結構危ないわね。間違って当たったりしたら首切れるわ。)



私は呑気にそんなことを考えながら仮眠を取るべく私の下りた裏路地のすぐ近くに止めてある仮の本拠地(ワゴン)に戻っていった……――――――――――――――









ガラッ



「お帰りなさいませ。マスター…じゃなくて様。」


「お帰りなさいませ。寝床の用意は出来てますよ。」



私は『マスター』といった精市に軽く視線で脅し、と呼ばせてにっこりと微笑んで「ただいま」といってから比呂士が用意してくれたらしい寝床(寝袋をちょっと改造してるだけだけど)にもぐりこんで二人に頼んだ。



「二時間立ったら起して。…おやす…み………――――」







私はよっぽど疲れていたのか、挨拶もままならないうちに眠りに落ちていた。二人が「「おやすみなさいませ」」といったのも聞こえないほど深く眠り込んでいたようだ。






「はあ。様は限界まで無理しちゃうから目が放せませんね…」


「まったくもってその通りですね。見てるこっちがヒヤヒヤします。」




















俺達は今日も貴女に従い、心の中で忠誠を誓う。貴女に無理をして欲しくない…。俺達にとっての絶対は貴女なのだから……―――――――――――

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