貴女に出会う前から俺たちは貴女の存在を知っていた。
貴女は俺達の祖にして完全なる存在。
俺達とは比べ物にならない存在なんだと、耳にタコができるほど聞かされていた…。
貴女に忠誠を 2
(We swear loyality to you)
「マスター。着きました。どうぞ…」
私が資料を読んでいると、いつの間にかクライアントとの待ち合わせのホテルに着いていたようで、先にに車を降りた景吾が恭しく後部座席のドアを開けた。
「……ドアぐらい自分で開けれるのだけど?」
「これくらいしないと付いてきた意味が無いですからね。」
ニヤリと笑いながらそういってくる景吾のほうをちらりと見やり、何を言っても無駄だと悟った私はさっさと資料を纏めてカバンに入れ、車から降りた。
「景吾、今の時間は?」
「…9時55分です。」
「ちょっと微妙な時間ね。まあ、雅治と侑士が先に行っててくれてるから大丈夫よね…。」
私は景吾が告げた時間に少し眉をひそめながらもそういった。その会話の間も待ち合わせ場所へと向かう足はしっかり動かしている。
「あ、マスターやん!間に合ったんや。よかったわ〜。」
「遅れたら俺ら二人で行こうかと思うとったぜよ。」
「心配かけたわね。さ、行きましょうか。」
エレベータのところで二人と合流し、私はエレベータに乗り込んだ。一緒に乗ってきた3人は、自然な動作で私の周囲を守るようにして立った。
「…ちょっと。誰も乗ってないんだからそんなに囲むように陣形取らなくても…」
「外から誰かが狙ってるかもしれへんしな♪」
「いや、攻撃されても避けれるから。」
私はその様子に軽く頭痛を覚えながら3人にそう言った。
大体私のほうが強いのだ…。私の『ファミリー』は何でこんなに揃いもそろって私を守りたがるのか…。
チーン
エレベータが目的の階に到着し、降りようと思って先に行こうとすれば、後ろから雅治に服を掴まれて引き止められた。
「……ハァ。今度は何?」
「一番に出たら危ないぜよ。」
私の服を掴んだままそういった雅治は、侑士が先に出たのを確認すると私を解放した。私はもう何かいう気力もなくなって大きなため息をつきながらエレベータから降りた。
(私のほうが年上なのに、この子達は私に対して過保護すぎるのよ…。)
私はルームナンバーを見てその部屋が目的の部屋であることを確認した。
「ここね。時間もジャスト。」
コンコン
「……どうぞ。」
「失礼します。」
3人のうち一人がドアの前で残るよう目で合図し、3人が頷いたのを見た後、私は部屋へと入っていった。ついてきたのは侑士と景吾のようだ。まあ、仁王があそこいるのが一番妥当だろう。そんなことを考えながら広い部屋へと進むと、あまり鋭い眼光が印象的な初老の男が座っていた。
「では、確認を。」
私がそういって半分に割れた胡桃を差し出すと、相手も同じく半分に割れた胡桃を出してきた。二つをあわせるとぴったりと合わさった。
「確認しました。…ご依頼ありがとうございます。『封義(ホウギ)』のマスター、紅朱です。」
「聖籠(セイロウ)グループの会長、近江(コノエ)だ。」
私はさらっと偽名を名乗り、近江会長とに微笑んだ。握手はしない。用心深くしていなければこの世界では生きていけない。私は近江会長が椅子に座るのを見届けてから自分も座った。
「では早速依頼内容の確認をしてもよろしいでしょうか?」
「ああ。」
「依頼内容は会長とご子息のボディーガード…ですね?脅迫状が届いたとのことですが…」
「そうだ。お前の持つデータを引き渡せ。さもなくばお前とお前の息子を殺す。と書いてあった。……これがその脅迫状だ。」
「………。」
私はその脅迫状を受け取り、観察した。相手は良く考えているのかいないのか、一般に広く出回っているコピー機とインクを使っており、指紋などもついていそうになかった。
(ま、当たり前だけどね。こんなので犯人がわかったら苦労しないし。)
「わかりました。これは一応預からせていただきますがよろしいでしょうか?」
「ああ。かまわん。持っていても気味が悪いだけだからな。」
会長が頷いたのを確認し、私はその脅迫状をカバンにしまった。そして改めて近江会長の目をまっすぐ見ながら質問した。
「質問があるのですが。脅迫状に書かれていたデータとは何のデータなのですか?」
「それがまったくわからんのだ。」
「どのデータのことかまったくわからないと…?」
「ああ。逆に言うと、他の企業が欲しがるデータばかりでどのデータが欲しいのか見当がつかないということだ。」
そんなことだろうと思っていた私はそんな答えが返ってきてもまったく動揺しなかった。どうやら直接相手を捕まえるしかなさそうだ。
「では、報酬の件ですが…」
「報酬は前払い、だったな?」
「はい。ですが今回は相手も相手の狙いもわかっていないのでとりあえず先払いで1千万、あとで任務難度によって成功報酬をいただきます。」
「先払い分が1千万?高くないか?」
やはり、こちらの足元を見てきた。私はまだ若い。それ故こういう風に値切ってくる奴が多いのだ。
(これだから業突く張りのお偉いさんの依頼は嫌いなのよ…。金なんて腐るほどあるんでしょうに。どうも綺麗な金とは言いがたい金が動いてるみたいだし?)
私はそんなことを心の中で思いながらも、にっこりと営業スマイルを浮かべて反撃に出た。
「以前、犯人にはまったく検討もつかないとお伺いしましたが、本当ですか?裏でいろいろ動いている方々がいるようでしたけど。……その値段がお嫌でしたらあなたの会社で飼っている裏で動かしている方をボディーガードさんとして表で使ってはいかがですか?こちらにはいくらでもほかの仕事がありますし。」
「な、なぜそれをっ?!」
「さあ?なぜでしょうか。あまり動き回っては相手にも気付かれますよ?」
私がそのことについて話し合うつもりはないという風に微笑んで話を切ると、さっきとは打って変わって冷や汗をたらしながら弁解してきた。
「すべてを話さなかったのは悪かった。………わかった。その条件を飲もう。これからもよろしく頼むよ。」
「交渉成立、ですね。では明日からボディーガードとして貴方とご子息を守りましょう。ちなみに私たちは好きに動きますので。そのことはご了承ください。」
「あ、ああ。私たちの命を守り、敵を捕まえてさえくれれば好きに動いてくれてかまわない。」
「よろしくお願いします。今日はこれで失礼します。」
私は会長に軽く頭を下げ、部屋から去った。ほかの3人も私に従うように歩き出した。
「今日の予定はこれで終わりです。」
車の前まで来た私に景吾がそういうのを聞いて、私は皆に微笑んだ。
「それじゃ、明日からの打ち合わせのために帰りましょうか。」
「せやな。何やごっつい疲れたわ。」
景吾は私のために後部座席のドアを開けながら、私の呼びかけに答えた侑士に呆れたような視線を送り、眉をしかめていった。
「お前は何もしてないだろうが…。」
「その通りぜよ。俺は外で見張りしてたってのに…。」
反対側から乗り込もうとしていた雅治まで侑士を見て呆れている。
「ああいう空気は繊細な俺には向いてないねん。」
そういって車に乗り込み、わざとらしく頬に手を当ててため息をついている侑士を見て、私は白い目で侑士を見た。
「………侑士が繊細だなんて初めて聞いたわ。」
「うわ〜。マスターにそんなん言われたら言い返されへんわ…。」
そういって一気に落ち込んだ侑士を見てクスクスと笑いながら私は侑士の頭を撫でた。
「ふふっ。冗談よ。」
「さんちょっと意地悪や…」
そういってそのまま抱きついてこようとする侑士を雅治がすばやく私の反対側からべしっと叩いて私を雅治のほうに引き寄せて侑士に威嚇した。
「ぷりっ。…侑士、後で覚えときんしゃい。」
「へー。どう覚えとくんか教えてや。」
にらみ合いを始めた二人の間にいる私はたまったものではない。しかし私が下手に介入して、睨み合いがもっと激しくなったら意味がない……。
(何でこんな些細なことで喧嘩腰になるのよ…)
私が大きくため息をつくと景吾がそれを見ていたのか、助手席からこちらを振り返って雅治と侑士に睨みを聞かせながら言葉を放った。
「おい。手前ら様が疲れてるのに横でつまんねえ喧嘩してんじゃねえよ。これ以上騒いだら次の信号で止まったときに車から突き落とすぜ?」
果たして、景吾の放った言葉の前半、後半どちらが効果を持ったのだろうか?すっかりおとなしくなった二人に安堵しながらも、昨日からの疲れも伴って私はいつの間にか車の中で眠り込んでいた。
「マスター、寝てしもうたぜよ?」
「しっ!起すな。昨日もほとんど寝てないんだよ。」
「そうなんか?知らんかった…。ホンマ無理せんといて欲しいわ…。」
「それよりお前ら、マスターに敬語ぐらい使え!」
「あ?無理な質問じゃのう…。方言に敬語が混ざったら酷いことになるじゃろが…。想像してみんしゃい。」
「せやで〜。聞けたもんちゃうで?」
「………お前らに言った俺がバカだった。」
私は心地のよい眠りの中で、コソコソと聞こえてくる3人の話し声をぼんやり聞いていた。
俺達が気づかうのはただ一人、あの腐りきった場所から俺達を救ってくれた、誰よりも愛おしいだけ……――――――――――