激しい雨の降る日に傘も差さずにずぶ濡れになりながらあなたは俺達の前に立って優しく微笑んだ。



「もう、誰からも虐げられることはないからね。一緒に暮らそう?」



そういって手を差し伸べてくれた瞬間から、あなたは俺達の絶対的存在…――――――















                  あなたに忠誠を 1
                                    (We swear loyality to you)











部屋のカーテンの隙間から優しい朝の光が差し込み、その光を受けて部屋の主はまるでこの世に生きるものではないような美しさを醸し出していた。しかし、俺にはこれ以上ためらう時間は残されていなかった。



「マスター。マスター?………様!そろそろお起きになってください。」


「んっ…。もうちょっと…。」


「お仕事に間に合わなくなりますよ?」



俺のかけた声に眉をしかめながら布団の中に再び潜り込んでしまった様にため息を洩らしながら再び話しかけた。



「…今日はクライアントとの打ち合わせではなかったのですか?確か待ち合わせは10時では?もう9時ですが…?」



俺は声をかけながらクローゼットから様のお召し物を選び出した。とはいっても、様はスーツしかお召しにならないのだが…。俺の言葉にぴくっと反応した様は次の瞬間青ざめた顔でガバリと起き上がり、俺が持っていたスーツを掴むと、凄い勢いで着替え始めた。



「何でもっと早く起こしてくれないのよ!?」


「マスターが起きなかったからですよ。」



俺がしれっと言い放つと、マスターはいかがわしそうな目線をこっちを向けた。



「……本当に?景吾はこの前もそんなこと言ってたでしょ?っていうかマスターって言うの止めなさいって言ったじゃない。家族同然なんだから名前で呼びなさい。」


「さあ?覚えてませんね…。様、急がないと朝食を召し上がる時間がありませんよ。」



これ以上何か言われる前に話題を変えた俺を軽く睨みながらマスターは駆け足で階段を降りて行った。




「これ以上の睡眠時間がなくなったら倒れるだろうが……。俺に起こせるわけがねえだろ…?」



俺はが降りていく足音を目をつぶって聞きながらつぶやいた。



(呼び方だってホントはって呼びたいんだよ。でもそれをしちまったらもう我慢できなくなる……。ほかのやつも、みんなそう思ってる。知らないのは、。お前だけなんだぜ?)


















「おはよう比呂士。ご飯出来てるかしら?」


「おはようございます。もちろん出来ておりますよ。マス……様。」



バタバタと階段を降りてきた様に背後から挨拶され、とっさに挨拶を返して「マスター」といいかけた瞬間に睨まれ、急いで「様」といいなおした。



(別にマスターと呼んでも差し支えないでしょうに…。『家族同然なのだから名前で呼びなさい』か…様らしいですけどね。)


「比呂士は素直ね。……それにしても何でみんなマスターって呼ぶのかしら?」



ぶつぶつ言いながら食堂に入っていく様に付き従いながら私は厨房の入り口で待機しているコックに料理を運ぶよう目で合図した。











「ご主人様ぁ〜…。おはようぅ。」


「ジロ…。ご主人様って呼んじゃ駄目って言ってるでしょう?」


はオレのご主人様だからご主人様って呼ぶの…。ダメ?」



オレはの顔を覗き込みながらいった。はどうもオレに弱いみたい。ほかの奴がずるいって言ってたから…。



(でもでも、俺はきっとみんなみたいに男として見られてないC〜…。)



自分の考えたことに自分でダメージを受け、眉をしかめると、は慌てたように声をかけてきた。



「ああっ!もう。怒ってるわけじゃないのよ?……ご主人様でもいいわ。ジロがそれでいいならね…?」


「ほんと?ご主人様大好き〜vv」



オレがご主人様に抱きついて甘えていると、どこからか黒いオーラが漂ってきた。










「ジロ…。早く離れようね?様がご飯食べれないでしょう?」



僕がニコニコと微笑んでジロに声(圧力)をかけると、ジロはしぶしぶ様から離れた。



(まったく、油断も隙もないよね。…まあ、ジロも様の負担にはならないように気を付けてるみたいだから許してあげるけどね。)


「おはようございます、様。」


「おはよう精市。今日は体調いいのかしら?」


「はい。ご心配をおかけして申しわけありません。」



そういって頭を下げようとすると、様は僕の肩を掴んで頭を下げさせないようにした。



「頭なんか下げなくてもいいわ。そういうのは忠誠を誓った者だけにしなさい。それに、体が弱いのは精市のせいじゃないでしょう?まあ、わざと体調を悪化させるようなことをしてるなら怒るけどね。」



様は、僕の欲しい言葉をくれる…。僕の忠誠はとっくの昔に様のものだし、僕は様のためなら命も捨てられると思っているけど、そんなことを言ったら様は絶対に怒るから、口に出して言ったりしない。



(ほかの奴も…そう思っているんだろうけど。)



「ねえ、あとの二人は?」



様は朝食を召し上がりながらあとの二人、侑士と雅治のことを聞いてきた。



「あの二人でしたら、先にクライアントとの待ち合わせ場所に行くと言っていました。」


「そう。じゃあ急がないといけないわね。」



そういって様は急いで食事を済まし、支度し始めた。















「ない…。どこにやったのかしら?」


様。探しているのはこれですか?」



私が今日のクライアントとの打ち合わせに使う資料を探していると、景吾に声をかけられた。私は振り向いて資料を受け取り、それが探しているものであることを確認した。



「そう。これよ。ありがとう。助かったわ。」


「いえ。」



景吾は軽く会釈し、私のほうをじっと見つめた。私は待機させてある車のほうに向かいつつ資料に目を通しながら景吾に「何?」と聞くと、景吾は私のほうに手を伸ばしてきた。



「ネクタイが曲がってますよ。じっとしていてください…。」


「ありがとう。……そんなに近づかなくても直せると思うけのだけど?」


「役得ってやつですよ。」



そういってニヤッと微笑む景吾を横目で見ながら、私は景吾の言葉の理解に苦しんでいた。



(私に近寄ることが何で役得なのかしら…?)


「わけがわからないわ。」


「今はわからなくてもいいですよ。……どうぞ?」



そういって景吾は車のドアを開き、私が後部座席に収まったのを確認すると、ドアを閉めて自分も助手席に乗り込んだ。



「出せ。」


「かしこまりました。」



音もなくすべるように動き出した車の中で、私はクライアントにいくら請求するか考えていた。



(結構大変な仕事になりそうだから報酬もそれなりのものになりそうね…。)




















――――俺達の忠誠はだけに……。ほかの奴なんてどうでもいい。さえいればそれだけで…。だけで成り立つ狭くて脆い…俺達の世界。



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