そんなこんなで爆笑モノの試合が終わった後、青学は順調にコマを進め、残るは不動峰中との決勝戦のみとなりました。
はがゆさを噛み締めて
第一試合直前。私は周助と河村君に一言エールを送ろうとベンチ近くでストレッチしている二人に近づいた。
(河村君が怪我をして棄権してしまうことも知っているんだけどね…)
「周助、河村君、油断せず頑張ってね。ケガとか…しないようにね?」
「ありがとう。さん。頑張るよ」
「ふふっ。ありがとう。が応援してくれてるんだから負けられないよ。」
そういってコートに入っていく二人を、ただ見つめることしかできない自分に無性に腹が立った。
(知っているのに…何もできない。何も…してあげられない。リョーマもそうだ…この後ケガするのに。私には未来を変えることはできない…)
私はフェンスをきつく握りしめながらこれから起こることに目を離さないように一心に試合を見つめた。
原作通り河村君が怪我をして、周助が棄権を申し立て、その試合は不動峰の勝利という形で終わった。
「河村君、周助、お疲れ様。…大丈夫?」
「ごめんねさん。応援してくれたのに…」
そういってすまなさそうな表情で謝ってきた河村君に応急処置をしながら今できる精一杯の笑顔を向け、言った。
「大丈夫。きっと皆がカバーしてくれるから。だから早く病院で診てもらって?」
「ありがとう。そうするよ。」
河村君を送り出した後、私は出来るだけ何も考えないように、笑顔でマネージャー業をこなしていった。
その姿を周助が心配そうに見つめていたが、私にはその視線に気づけるほどの余裕がなかった。
ついにリョーマの試合が始まる。
「リョーマ…頑張ってね。絶対、無理はしないで…?」
「大丈夫っすよ、先輩。絶対勝つし。しっかり見ててよ。」
そういって私を安心させるように目を見ながら言ったリョーマは颯爽とテニスコートに降り立ち、ほどなくして試合が始まった。
マネの仕事をしなければいけないけど…私はリョーマの試合から目が離せないでいた。
嫌な汗がじわりと手ににじむ。
(もし…、原作とズレが生じて折れたラケットが眼球に当たってしまったら…?)
漫画で見ていた時も思わず眉をしかめ、固唾を飲んだシーン。
スポットという技にムキになって抵抗しようとしてラケットを振ろうとしたリョーマの手から、ラケットが…飛んだ。
「……っ!!リョーマっ!!!!!」
コートに飛びだしそうになる体を自制し、叫ぶ。
頭が真っ白になって喉が異常に乾く。
握りしめた手は力を入れ過ぎて白くなっていた。
ポタポタとまぶたから血を流しながらベンチに戻ってくるリョーマを座らせ、震える手で止血しようとするが、うまくいかない。
「先輩。大丈夫。大丈夫っすよ」
私の震える手を取り、そう繰り返してくるリョーマの手の温もりに私は幾分落着きを取り戻すことができた。
(うわ…。私、震えすぎだって…しっかりしないといけないのに。リョーマになだめられてどうするのよ。)
私が落ち着いたのを確認したリョーマは止血しようとしている私の手を外させた。
「桃先輩。ついでに代わりのラケット一本出しておいてください。」
その後は私の知っている通りの展開で…
竜崎先生に止血してもらい、手塚に10分でカタをつけろと言われたリョーマは救急箱を片づけている私のほうに歩いてきた。
「…リョーマ?」
「先輩。」
「リョーマ。ごめんね…?」
未来を知っているのに変えられないことが後ろめたくて謝った私に、リョーマはいつもの不敵な笑みを浮かべて私の手を取る。
「なんで先輩が謝るんっすか。震え、止まったみたいでよかった。今度こそ決めてくるから、その時は笑顔で迎えてくださいっす。それじゃ」
ちゅ
リョーマはそういって誓うように私の手に軽くキスをし、テニスコートに戻って行った。
(や…やばい…。こんな時だってのに……心臓がうるさい)
テニスコートで楽しそうに試合するリョーマを見つめながら、ひどくうるさい自分の心臓をなだめるのに必死だった。
その後、相手の技を封じ、自分のペースに持ち込んだリョーマは最後のスマッシュを打ち込み、青学の優勝を決めた。
「先輩!勝ったっすよ。」
フェンスの中から出てきたリョーマをねぎらうために、約束通り笑顔でリョーマに近づくと、リョーマは私の腕を軽く引っ張り、レギュラーのみんなからはちょうど死角になる場所で私の腰に手をまわし、拘束した。
「ねえ。先輩。ご褒美は…?」
「えっ!?」
「ないの?おれ、怪我したのに頑張ったんだけど?」
上目づかいでそういってくるリョーマ。
こういう雰囲気になるといつもは周助が助けてくれるのだが…。今日は期待できそうにない。
(マテマテマテ…っ!ご褒美って何だ…!)
「ご褒美って…何が欲しいの?今日はお菓子とか持ってないし…。あっ!あとでジュースおごってあげる♪」
「そんなのいらないし。もっと特別なのが欲しい。」
不満そうに口をとがらせるリョーマに焦りながら必死に私は『ご褒美』に成り得そうなものを考えていた。
だから一瞬気づくのが遅れた。
ちゅ
「…………」
「ごちそうさま♪探されてるみたいだから行ってくるっス」
ご機嫌な様子で去っていくリョーマを呆然と見詰めたまま石のように固まった私。
(く…口!?!?口にちゅーーーーーーーされたぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!)
去っていくリョーマに何も声が出ないほど、混乱していたのである。
萌えと羞恥と少しばかりのヲトメ心で。
地区大会編オワリ