「あらまぁ。お兄ちゃんったら、お弁当忘れていったのねぇ。」
大好きなおかあさんが困ったようにつぶやく。
おにーちゃん、おべんとう忘れていったみたい。
何かいい案はないかむむむぅと頭をくりくりしながら考える。
あ!そうだ。わたしがもっていってあげればいーんだ!
「おかあさん!わたしがもっていってあげる!」
「でも、ちゃんはまだ小さいし、危ないわ」
「だいじょうぶ!へんなひとがいたらさけぶし、しらないヒトにおかしもらってもついていかないよ!」
それにね、それにね、とおかあさんを説得するために一つ一つ指を折りながら言葉を続ける。
「―……あとね、わるいヒトにさらわれそうになったら"きゅうしょ"をけってにげるから!」
「あらあら…どこでそんなことを覚えたのかしら…?」
おかあさんが少し眉をしかめて頬に手を当てる。 あれれ…まちがっちゃったかなぁ?
「おにーちゃんのがっこうにいってみたいのー!おねがいおかあさん!」
パシっと手を合わせておかあさんを拝む。
するとおかあさんはしばらく考えていたけど、にっこり笑って言ってくれた。
「そうね。ちゃんはしっかりしてるから大丈夫かしら?でも一つお約束しましょう。道に迷ったらすぐに誰かに聞くこと。できるかしら?」
「はーい!、ちゃんとできまーす!」
ぴしっと右手をあげて宣誓する。
おかあさんは満足そうに頷いてわたしに二つの包みを渡してくれた。
「おかーさん。ひとつおおいよ?」
「それはね、ちゃんのぶんよ?たくさん歩いたらお腹が減るかもしれないからお兄ちゃんと一緒に食べておいで。」
「いいの!?やったぁ♪」
おかあさんはわたしに帽子を被らせてくれながら、「はじめてのおつかいね。うふふふ。」などと言っている。
でもなんでそんなにうれしそうなのか、よくわかんないや。おてつだいするからかな?
「それじゃーいってきまーす!」
「いってらっしゃい。気をつけてね」
お気に入りの靴をはいて元気よく挨拶して、玄関を飛び出す。
とちゅうでいつもほえてくるこわいイヌがいたけど、きょうはへいきなのだ!
ルンルン♪ってすきっぷしながらおにーちゃんのがっこうに向かった。
とちゅうで道がわからなくなったけど、おかあさんのいう通り、ちゃんと道を聞いてがっこうの前までこれたよ!
「おっきーぃ…」
あんぐりと口をあけてそのこうしゃをみあげる。
く、くびがいたい… うしろにころびそうになって見上げるのをやめた。
「おにーちゃん、どこだろ?」
おにーちゃん、今日はがっこうおやすみの日だけど、ぶかつって言って、らけっとせおって出て行ったから、ぶかつのところかなぁ。
きょろきょろ。
きょろきょろ。
「むむぅ。」
うでくみをして、しゃーろっくほーむずのように考える。
テニスするところってどこだろう? なかなかなんもんのようだ。なんて、うなりながらてきとーにトテトテ歩きまわる。
こーいうときは"だいいちむらびと"をはっけんしてテニスこーとまでのあんないをしてもらうのだ!
しばらくすすむと、せのたかいオトコのヒトがいた。
せんせいかなぁ? あるくのをやめてこてりと首をかしげる。
そうにちがいない!はなしかけてみよう! おもいたったがきちじつ?だ!
向こうに歩いていくせんせいに、たたたっと走っておいつく。
「あの!すみません!おにーちゃ…じゃなくてテニスのこーとしりませんか?」
足音に気づいてふりかえったせんせいにぺこりとおじぎしながらきく。
ヒトにモノをたのんだりするときはれいぎ良くしなきゃなのだ。
「…?なんだ?テニスコートは部外者立ち入り禁止だ。」
「???」
ぶがいしゃってなんだろ?たちいり?きんしってダメってことだよね? このせんせい、だめっていってるのかな?
おにいちゃんにおべんとうとどけなきゃなのに… 悲しくてじわりとナミダがにじむ。
大きくなったなみだがおもさにたえきれずぽろりぽろりとながれてくる。
くちにはいってしょっぱい…
「な…!?泣くな!」
「だめじゃないもん!!」
「は!?」
「おにーちゃんにおべんとうとどけるんだもんーーーーーーーーーー!!!!」
うわぁぁぁん
がまんできなくて大きなこえが出る。
おかーさんもおてつだいよろこんでくれたんだもん。
だめじゃないもん。
おにーちゃんもおべんとうないとこまるよ。
「お、おいっ!わかったから泣くなっ。」
「う゛ぇーーーん!」
なかなか泣きやまないわたしに、せんせいはおろおろしてわたしを抱きあげた。
そしてすごいスピードではしりだす。 わたしはびっくりして泣くのをわすれちゃってた。
すぐにきいろいボールをラケットでうってるヒトたちがみえてくる。
あ。てにすこーとだ。 ひくっとしゃっくりをしながらせんせいのカオを見る。
「?」
「テニスコートだ。」
わたしをおろしながらふきげんそうにせんせいが言った。
せんせい、ダメっていったのにつれてきてくれたの? やっぱりせんせいはいいヒトだ!
ぱああっと泣きがおからえがおになる。
「ありがとー!」
うっ。っといいながらほほを赤らめてかおをそらすせんせい。
てれてるのかなぁ?
ざわざわとさわがしくなったテニスコートにめをむける。
こっちをゆびさしながら口をぱくぱくさせているワカメがさけんだ。
「ふ、ふくぶちょー!!!!幼女誘拐っすか!?!?」
ようじょゆうかい?ってなんだろう。
わかめの一言でさらにやかましくなったコート。
せんせいは顔をまっさおにして「違うわっ!!たるんどる!!!」って叫び返してる。
こちらをゆびさしながらいろいろ言ってくる人たちにすこしこわくなってせんせいの後ろにかくれた。
「君たち…その子が怖がってるだろう?いい加減にしないとピー(放送自粛)するよ?」
そのひとことでテニスコートがしずまりかえる。
にっこりときれいな笑顔でほほえんだそのひとはわたしに向かっておいでおいでってまねきしてくる。
やさしそうなひと。このひとならだいじょうぶだよね?
せんせーのうしろから出てその人のところにあるいてく。
ちかくまでいったら「いいこだね」って頭なでてくれた!やっぱりイイ人だ!
きもちよくてうにゅーって目をほそめる。
「かわいいね。…で?真田。君。誘拐してきたの?」
「ち、違う!そんなことは断じてありえん!」
「それじゃなんで君が泣いてる子を抱いて、走って、テニスコートまで連れてきたのかな?」
「お弁当を届けるのにテニスコートに行きたいといって泣いたから連れてきただけだ!!!」
せんせーの悲痛な叫びに、「よかった。そうだったの。僕は君を信じていたよ?」ってにっこり笑ってそういっているきれーなお兄さんはわたしに目線を合わせてよかったねっていってくれた。
「でもさ、お弁当を届けるって…。誰にだ?」
おれんじというか…あかい?かみのおとこの人がガムをふくらませながら聞いてくる。
おしえてあげなきゃ!
「おにーちゃんに!」
はーいと手をあげて答えてあげる。
よくわからないけどこたえたしゅんかんおれんじあたまにぎゅーって抱きしめられた。
ちょっと くるしい…。
「くぅ〜!何この可愛さ!ぜってーやばいって!」
「確かに、すごく可愛いね。でもね、今すぐその子を離さないと…死ぬよ?」
きれいなおにーさんにそう言われたおれんじあたまは青ざめながらものすごいスピードであとずさっっていった。
どうしたのかなぁ?
「あのね、おにーちゃんしりませんか?」
「おにーちゃんっていうのは、誰なのかな?君のお名前教えてくれる?」
「むむ…?これはもーしおくれました!わたし、におー っていいます」
わたしがそういったしゅんかん、「かわいー」とか「妹にしてえ」とかそんな言葉でざわついていたコート内が静まり返った。
おれんじあたまの人とわかめあたまの人は口をぱくぱくさせて目をおーきくあけてる。
「「「「「「「 「ええええええええええええ!?うそだろぉ!?」」」」」」」」」
「うるさいなぁ。なんじゃこの騒ぎは?…?なんでここにおるんじゃ?」
このこえ、ききまちがえたりしないよ! だいすきなわたしのおにーちゃんの声!
「おにーちゃん!」
声のしたほうに思いっきりとびつく。
おにーちゃんはわたしをひょいと抱き上げて、まわりをかこんでる人たちをにらむ。
「うちの子に、何か用か?」
「ちょ…!ほんとに仁王の妹!?」
「そうじゃ」
「新手の詐欺っすか!?」
「詐欺じゃなか。失礼なやつじゃのぅ。」
「僕も、知らなかったな」
「言うてないからの。で。なんでがここにおるんじゃ?」
おにーちゃんは「まさかお前らがさらってきたんじゃないだろうな?」なんて睨んでいる。
かこまれてたからいじめられたってかん違いしちゃったのかなぁ
ホントのこといって、ちゃんとわかってもらわなきゃだ!
「あのね、おにーちゃん」
「ん?なんじゃ?」
「わたしね、おにーちゃんにおべんとうとどけに来たの!」
「そうなんか?」
「うん!えらいー?」
「えらいのぅ。いいこじゃ。」
おにーちゃんの腕をぽんぽんってたたいておろしての合図をする。
そっとおろしてくれたおにーちゃんはわたしのあたまをなでなでしてくれる。
よろこんでくれたみたい!
わたしもうれしくなってきゃーって言いながらおにーちゃんにだきついたら、おにーちゃんもぎゅーってしてくれて、まわりからはぎゃーっていうひめいが聞こえた。
「おにーちゃんだいすき!」
「おれもじゃ。おにーちゃんもがだいすきじゃよ。」
そのあと、わたしはおにーちゃんとそのおともだちといっしょにごはんをたべた。
それから、せんせいはせんせいじゃないんだって。ふくぶちょーっていうなまえみたい。
へんなのー。っていったら、なんだかすごくかなしそうだった。
でもせーいちっていうきれいなおとこの人がたのしそうにわらってたから、いいのかな?
はじめてのおつかいはとってもたのしかったです
おわり。