著者 : パンスト五郎 氏

その3 ー >>809
開始:06/04/13
最終:05/04/15
その4 − >>824

【 姉の体温

 それはとある休日だった。
 夕餉の買い物に出かけた天道かすみの帰りが遅いのに気づき、窓から外を覗こうとした時にソレに気づいた。
 二階の自室の窓に挟みこまれていた手紙・・・
 「?」
 その内容に目を通した天道なびきは一分と経たない内に玄関で靴を履いていた。
 「あっ 出かけるのお姉ちゃん?」
 背に掛かる妹の声に、夕飯までには戻るよと簡単に答え、振り返るでもなく庭に出るとちょうど門から入ってきた女性と鉢合わせになった。
 「あら!なびきちゃん、こんにちは・・・」
 「おば様!こんにちは!!」
 あえて必要以上の大きな声を出してやるのは、居候である早乙女親子へのちょっとした心配りである。
 早速、家の中からドタドタと慌しい足音とバシャーンと派手に水をかける音が響いてきた。
 「お出かけ?」
 にっこりと微笑む早乙女のどかの問いに、こちらもにっこりと微笑み返しながらなびきは答えた。
 「ちょっと・・・ヤボ用が」
 「・・・」
 「おば様?」
 「・・・・・・そう、気をつけてね?」
 しばらくなびきの顔をじっと眺めていた早乙女のどかは、何故か心配そうな表情に変わっていた。
 「はい・・・」
 軽く返事をすると、なびきは足早に家を出て行った。


 カラカラとやけに引き戸は軽く開いた。
 中華料理屋「猫飯店」。店内は明かりも落ち、一人の客もいない。
 本日は休業日なのだ。
 「・・・」
 無言のままなびきは猫飯店の中に侵入した。
 普段の快活な表情から一転、天道家の次女の顔は今まで誰も見た事の無い険しいものになっていた。
 「来たネ」
 薄闇の奥から中国訛りの強く残る少女の声が響いた。
 「一人アルか?」
 「シャンプー・・・お姉ちゃんはどこ!?」
 「一人で来たアルか?」
 繰り返される問いかけの声と共に、その主の輪郭が闇の中で形づくられていく。
 眼が暗さに慣れてきたのだろう・・・
 「一人よ・・・アンタ、どういうつもり!?」
 静まり返った店内を貫く詰問の声に、この店の看板娘はクスクスと小バカにした笑いを返した。
 「余裕ないネ、なびき。顔色が悪いネ」
 「くだらないおしゃべりをしにきたんじゃないの!かすみお姉ちゃんはどこっ!!?」
 一歩前に踏み出す。
 シャンプーの言う通り、いつもの余裕は一切感じられない。
 「・・・さっき、『どういうつもり』と言ったか? その質問、そっくり返すネ!」


 彼女は店の奥の方にある大きなテーブルにチョコンと腰掛けていた。
 「お前達こそ、姉妹で慰め合うなんて『どういうつもり』か?変態アル!天道道場のかすみとなびきは変態姉妹アル!!」
 ピクンとなびきの眉が上がった。
 「アンタには関係ないわ!乱馬君のお尻を追っかけていればいいじゃない・・・ どうしてコッチにまでちょっかいかけるの!?」
 「乱馬が可哀想アル!もっと健全な環境で生活しないと、乱馬が汚れてしまうアル!!」
 シャンプーの声も荒立ってきた。
 バンと派手な音を立ててテーブルから飛び降りる。
 華奢な身体が音もなくなびきに迫ってくる。
 「私の乱馬、汚すワケにはいかないアル・・・」
 挑戦的な瞳でなびきを真正面から見据えるシャンプー。天道かすみを手中に収めているだけあって主導権を完全に我が物にしていた。
 「フッ・・・“ココ”が健全な環境ってワケ?」
 なびきは薄暗い店内をワザとらしく見回した。
 「もちろんアル!」
 自信たっぷりにシャンプーは頷いた。
 「じゃ、イイわ・・・乱馬君は好きにしなさい」
 本人の意向などお構いナシになびきは即断した。素晴らしい決断力と身勝手さだった。
 「だからかすみお姉ちゃんを返して!」
 そもそもシャンプーの想い人はあの変体居候であり、天道かすみには何の関係も無いのだ。
 かすみを人質に取ったのだったら、ターゲットは天道あかねにするのが筋だ。
 多大に行き過ぎの感はあるが、これはシャンプーの“おふざけ”。単なるゲームなのだ。


 普段なら即座に看破するだろうが、今のなびきにはそれが分らない。
 クスッと笑いながらシャンプーは小首をかしげた。
 「そんなに姉を取り戻したいカ?そんなに、かすみの事、愛してるカ?」
 「・・・」
 「ワタシ、聞いてるアル」
 「・・・好きよ・・・愛してる」
 「変態!」
 中国娘は目をキラキラさせて寄ってきた。
 「女傑族の中にも女色の女、結構いたネ!でも・・・自分の姉妹相手に腰を振る女、いなかったアル・・・なびきはおもしろい女アル・・・」
 フッとシャンプーが顔を近寄せてきた。
 思わず後ずさろうとするが腕をとられ、逆に引き寄せられてしまった。
 この細い身体の何処にそんな力が隠されているのか?両腕をまわされ、全く身動きが出来ない。
 「っ!」
 必死に顔を背けるなびきの首筋をシャンプーの吐息が擽っていく。
 「お、お姉ちゃんはどこ!?」
 「変態女・・・そんなにかすみに会いたいカ?」
 「決まってるじゃない! うっ」
 シャンプーの腕に力が入り、身体を絞られる。
 「クッ・・・」
 「お願いするアル」


 「え?」
 「人に物を頼む時には、お願いするものアル」
 薄い唇がもうなびきの首筋に触れそうだった。
 このニックキ中国娘の髪先が頬をチクチクと刺す感覚が異様に鋭い。
 「どした?会いたくないカ?」
 黙ったままのなびきを優しくせかす。
 年上であろうが関係ない。勝負はもうついているのだ。
 「お願いしてくれないと、愛人には会わせられないアルなぁ」
 「お願い・・・」
 もともと選択肢など無いのだ。
 「お姉ちゃんを返して・・・・・・下さい」
 悔しげに唇を噛む天道家の娘の様に、ニィっと口元を上げるとシャンプーはそっとなびきを解放した。
 お願いします、が聞こえないアル」
 「お、お願いします・・・」
 「続けて言うアル」
 ゆったりと店の壁にもたれながら腕組みをするシャンプー。身体を解放してもこの状況自体を手放してはいない。
 「お姉ちゃんを返して下さい・・・お願いします」
 キャハハハと暗がりの中で笑い声が響いた。もう、楽しくて面白くて堪らないといった笑い声だ。
 「言われた通りしたでしょ!お姉ちゃんを返しなさいよ!!」
 焦るなびきを楽しみながらシャンプーは腕を伸ばした。


 その先には店の照明のスイッチが設置されている。
 「そんなにお願いされたなら、仕方ないアル。かすみに会わせてあげるアル!」
 パチンとスイッチの一つを指で弾いた。
 天井の照明が一つだけ点灯し、暗闇に慣れたなびきの眼を焼いた。
 「なっ!!?」
 光りの降りる先に店で一番大きな回転テーブルが置かれていた。
 その上にぐったりと横たわっている女性の姿・・・見間違うハズもない。
 天道かすみだ。愛する姉・・・
 ようやくその姉に巡りあえたというのに、なびきは身体が硬直してしまったかのように棒立ちのままだった。
 「いかがアルか?なびき」
 テーブルの回転台の上の姉のその姿!なびきは言葉を失い、ただ呆然と眺めることしか出来なかった。
 いつの間にか背中に廻ったシャンプーが両肩に手を置き、耳たぶに唇を寄せた。
 「そそる格好ネ!こんなかすみ、見た事ないネ・・・」
 古い蛍光灯の黄みがかった光りに浮かぶ姉の白い肌。
 「シャ、シャンプー あんたが・・・?」
 「当たり前ネ!ワタシが着せたアル。だから、脱がせたのも、ワタシ・・・」


   チャイナドレス

 日の光より月明かりに愛されるナイトドレス
 今、かすみの身を覆っているのは純白の夜着だった。
 華やかさを強調しすぎて品位にかける真紅や群青ではない。
 白地に金糸の刺繍が施されたそのドレスから惜しげもなく、長い脚が零れている。
 普段は長いスカートに隠され、他人の目には触れられる事の無い無垢な肌が露出させられている。
 「お姉ちゃん・・・」
 視線を外せなかった。
 古い人工光の中に安っぽく浮かび上がる艶姿。
 自分の視線が姉の肌を舐めていく。
 形良く整えられた指先から細い足首・・・控えめな踝からなぞり上げる。
 程よく膨らんだふくらはぎ・・・かわいい膝小僧・・・
 あっ、足の絡み具合がイイな・・・色っぽい・・・
 意識なく伸びている脚は膝の辺りで絡み、ドレスの裏地の朱色のスクリーンがソレを一層生々しくなびきの網膜に焼き付けていた。

 ゴクッ

 知らず知らずの内に唾を嚥下する。


 気づけば口の中はカラカラだ。
 背中にまとわり付いているシャンプーの存在など、とうに忘れている。
 膝から始まる太腿は白いドレスに隠されていたが、その魅惑的な緩やかな曲線までは隠し通せない。
 腰の辺りで大胆に広がる丸み。
 チャイナドレスの代名詞ともなっている大胆なスリット。
 しかしシャンプーが姉に着せたこのドレスの誘惑の裂け目は通常の物より長く、腰の上まで続いていた。

 「え!?」

 気が付いた。気が付いてしまった。
 スリットから顔を覗かせる姉の腰・・・下着のサイドラインが見えない・・・
 また気が付いた。また気が付いてしまった!
 姉の寝かされているテーブルには椅子が一脚だけ置かれている。
 その椅子の座部に姉の服がキチンとたたまれて置かれている。
 しかし、ソレとは対照的に下着は無造作に背もたれに引っ掛けてあったのだ。

 見せ付けるように・・・

 「脱がせたの・・・!?」
 フツフツと胸の中にこみ上げるものがあった。


 怒りと嫉妬と悔しさ・・・
 「脱がせたネ・・・」
 ねっとりと耳に、身体に、心に絡みつく年下の少女の声・・・
 「当身で・・・気絶させたかすみを寝かせて・・・エプロンの紐を解いたアル」
 シャンプーの指先が肩から首筋に張ってきた。
 「肩紐を外して・・・エプロン取って・・・ブラウスのボタンを外したネ」
 ツツッと指が首を這い回る。
 「ひとつ・・・ふたつ・・・ ボタンを・・・上から・・・下へ・・・胸をちょっと・・・イタズラしたアル」
 パクッとシャンプーは唇でなびきの耳たぶを挟んだ。
 ピクンと震える身体
 「スカートのホックを外してファスナー・・・下ろして」
 「や・・・」
 シャンプーの声を聞きながら視線は姉を犯し続ける・・・
 あのふっくらとした胸の膨らみ・・・金の刺繍を恥じらいがちに押し上げているあの温かい乳房を・・・他人の指が這ったなんて許せない!!
 「ブラのカップをずらして・・・見たネ」
 首筋から頬までをなぞり上げたシャンプーの指は蜘蛛のように肩から腕へ降りていく。
 「やめて・・・」
 「お前にしゃぶられているワリには・・・綺麗なピンク・・・」
 「いや・・・!」
 「とっても可愛かったアル」


 「くっ・・・」
 「靴下脱がせて・・・脚を撫ぜながら・・・」
 包み込むように前に手を回した中国娘の手は、程よく締まった腹から呼吸の度に軽く上下する膨らみに移りつつあった。
 「指をかけて・・・そして・・・」
 一旦口を閉じるとシャンプーはなびきの頬にチュッと口付けした。
 「お姉・・・ちゃん」
 かすみの顔は変わらず優しかった。母亡き後、その代わりとして恋もせず、自分たちを守ってきてくれたかすみ・・・
 何時からだろう?その優しさを独り占めしたくなったのは?
 何時気が付いたんだろう?姉の困った顔がとっても可愛い事に・・・
 あれは何時だったんだろう?自分がかすみの事を愛している事を知ったのは?
 「んっ」
 いきなり胸を強く掴まれた。乱暴にされて痛みが走る。
 「一気にずりおろしたネ・・・ちょっと匂ったアル」
 クスクスと嘲りながらシャンプーは掴んだなびきの乳房に爪を立てた。
 「痛ぅっ! この・・・!」
 足を後ろに跳ね上げる。
 固い踵で中国の脛を蹴りつけてやろうとしたのだ。
 「遅いネっ」
 女傑族のトップクラスの拳士は、なびきの身体を突き放すとチャチな反撃をラクラクと回避した。
 「かすみのアソコっ!ちょっと濡れてたアルよ!!」


 吐き捨てるように叫ぶなり、シャンプーは左の拳をなびきの身体にめり込ませた。
 「あヴっ!!」
 「お前はどんな格好がいいカ?なびき・・・」
 「う・・・シャ・・・」
 「姉妹そろって晒し者も面白いアル!そだ!あかねに見せてあげるネ」
 急速に勝ち誇るシャンプーの姿がぼやけ揺らいでいく。
 ミイラ取りがミイラになってしまった。
 「かす・・・お姉ちゃ・・・・・・」

   その時だった。

 耳を劈くような破壊音と共に猫飯店の戸が吹き飛ばされてきた!
 「なっ!?」
 さすがのシャンプーも驚愕して振り返る。
 「何事アルか!?」
 「グっ・・・」
 力なく床に倒れこんだなびきは、残された力を振り絞って頭を上げた。
 薄暗い店内になだれ込む埃と新鮮な外気。
 差し込む光りを背負い、和装の女性が立っていた。


 〜あ?〜
 意識が抜ける瞬間、なびきはその女性をこう呼んだ。
 〜お母さん?〜

 「誰アルか!!」
 シャンプーの鋭い誰何の声に女性は氷のような冷たい声で答えた。
 「早乙女・・・のどか」
 「な!?乱馬のお母様!」
 その名は、せっかくのお楽しみを邪魔されたシャンプーの怒りを吹き飛ばすのに充分な威力を持って響いた。
 「二人を放しなさい・・・」
 「え?・・・え!?」
 のどかの手にした日本刀はまだ鞘に収まりきっておらず、わずかに顔を覗かせている刀身が陽光を白く鋭く反射させていた。
 そして、それよりも鋭く光る早乙女のどかの眼光。
 「あのっ・・・コレ・・・これは・・・」
 「無差別格闘早乙女流・・・」
 店の中を漂う埃がのどかの周りで渦を巻いている。
 「その名にかけて・・・」
 早乙女のどかが店内に侵入した。
 「二人を連れて、帰ります」


 「ん・・・」
 「・・・び・・・き・・・」
 誰かが呼んでいる。
 「な・・・き  ・・・びき」
 誰かが自分を呼んでいる。
 頬が何だか温かい!
 ふかふかの毛布に顔を押し付けてるみたい・・・
 気持ちイイな・・・
 「起きて・・・お願い・・・」
 あ、この声・・・お姉ちゃんだ・・・
 「なびき・・・なびき!」
 お姉ちゃん!
 「あ!?」
 「なびき?・・・良かった・・・」
 合っていなかった焦点が精度を取り戻すにつれ、自分を覗き込むかすみの顔がはっきりと見えてきた。
 瞳が濡れてる・・・
 「お姉ちゃん・・・?泣かないで・・・」
 「泣かせないで・・・なびき・・・心配しちゃった・・・」


 堪え切れなかった涙が一つ・・・なびきの目頭に落ちた・・・
 「このまま・・・もし・・・」
 「大丈夫・・・よ・・・"もし"はない・・・」
 頬が温かかった理由が分った。
 かすみの優しい掌が両頬に添えられている。
 「もう大丈夫・・・お姉ちゃん・・・着替えてないんだ・・・」
 姉は綺麗な刺繍が映えるチャイナドレスに袖を通したままだった。
 「似合うね・・・綺麗・・・」
 「そんな事・・・頭とか痛くない?身体は?」
 「大丈夫・・・大丈夫だよ・・・」
 ホントはちょっと頭が痛かったが、気が付けば姉に膝枕されているこの状況を逃す手はない。
 「でも・・・」
 「何?なびきちゃん・・・」
 「もうちょっと、このままがいい・・・」
 とても静かだった。
 頬から離れた姉の手が額に散らばった前髪をそっと整えてくれている。
 二人きり・・・そう、二人きりなんだ・・・
 「無茶をしないで・・・」
 「無茶・・・しちゃうよ・・・お姉ちゃんの為だもの・・・」
 かすみは潤む瞳のまま困った表情になった。


 「困らせちゃった?」
 「・・・」
 「私、悪い子かな?」
 かすみは何の答えも返さなかった。でも額を撫でてくれる指の動きは止まらない。
 「私、きっとこれからも無茶すると思うよ」
 「どうして?」
 「これからも、お姉ちゃんといたいから・・・」
 「どうして?」
 「どうしてって・・・」
 今度はなびきが困る番だった。
 「知ってるクセに・・・」
 「どうして、私と一緒に居たいの?」
 下から姉の頬に触れる。
 かすみはそっとその掌に頬ずりしながら自分の手を添えた。
 「それは・・・だって、好きな人とは・・・いつも・・・一緒に・・・」
 かすみは妹に答え切らせなかった。
 スゥっと身をかがめると、なびきも両腕をついて身を起こした。
 物音一つしない空間で、二人の息しか聞こえないその場所で、姉妹の唇は一つに溶け合った。




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